3:居場所

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3:居場所

 溝口先生に連れられて帰宅した後、僕はそのまま自室に篭った。自分の妻の連れ子、しかも初めてあった僕に母の再婚相手は部屋を一室与えてくれた。好意なんかではなく其処から一歩も出てくるなと言う彼のサインだと思うが僕にとってはありがたかった。僕の心の中に土足で踏み入って来られる方が恐ろしく辛かった。彼と何かを話した記憶はない。 ベッドに仰向けになりながら、何故自分がここに居るのか改めて考える。ここが自分の居るべき場所では無いのはわかっている。 小学校卒業する間近、僕は祖母に連れられこの家に挨拶へやってきた。祖母も体調を悪いのをおしての付き添いだったので挨拶はごく手短に終えられた。宜しくお願いしますと僕が頭を下げると、母が宜しくねと短く返した。母の再婚相手は何も言わなかった。僕はその時2人と目を合わせることが出来なかったのでどんな表情をしていたのか僕にはわからない。 4月に入って僕は正式に2人の子になった。母の旧姓の松原から母の再婚相手の佐々木に名字が変わった。名字が変わるのは父方の祖母から母方の祖母へ引き取られた時以来2度目だ。僕にとってどの名字は呼ばれても自分に馴染んでいない気がした。下の名前も変えられているのだがそれはあまりに小さい頃の話なので、今の名前は違和感は覚えない。父さんが殺害された時、「あいつら」に僕の名前も知られているからと僕は名前は変えられたらしい。僕は以前の名前を覚えていない。父さんになんと呼ばれていたのかわからない。それが寂しかった。 気がつくと辺りは真っ暗になっていた。ベッドの上で考え事をしているうちにそのまま眠ってしまったらしい。僕にあてがわれた部屋は二階だ。自室の扉を開けると階段から光が漏れ、一階の方からテレビの音や人の話し声が聞こえてきた。母とその再婚相手の佐々木さんが帰ってきたのだろう。自室の前にラップに包まれた夕食が置かれていた。ここに来て以来食卓を一緒に囲んだ事はない。やはり2人にとって僕は他人なのだろう。寂しいと思った事はない、思わないように歯を食いしばっていた。 ふと溝口先生の薄ら笑いを思い出した。佐藤晃の事、警察への被害届の事をご両親に話して相談しなさいと言われていたが、あの2人にそんな事を話せるはずがなかった。溝口先生は大事になるのを嫌っていた。僕が被害届を出さないと言えば安心してそれ以上何も言わないだろうと考えた。僕は警察への被害届の提出を諦めた。だからといって佐藤を許したわけではなかった。 翌朝はすんなりと目が覚めた。まずは一階の様子を伺い、一階の洗面台に向かい、ブラシを濡らして自室に戻り一通り磨き終わると再び一階の様子を伺いながら、洗面台でうがいをし顔を洗った。2人に顔を合わせるのは気まずい。出来るだけ会わないように常に心掛けていた。4月にこの家に来てからの1ヶ月、2人と僕はどのぐらい言葉を交わしたのだろう。挨拶以外口をきいた記憶はない。身支度を整えてから再び一階の様子を伺い学校へ向かう為一気に扉の外へ駆け出した。
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