5:父とされる人

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5:父とされる人

 朝礼の時間がひどく長く感じた。僕は自分の頭の中に無意識に浮かぶ疑問の言葉を抑え込む事に必死だった。疑ってはいけない。疑い出すと終わりが無くなってしまうから。信じると決めたものが壊れてしまうから。 「待たせちゃってごめんなーい。」 溝口先生がいつもよりトーンをあげた甲高い声を上げて入って来た。後ろに誰か男の人を連れている。それがあの人だとわかると緊張が一気に走り拳を強く握った。彼は母の再婚相手、父と呼ぶべきなのだろうか。僕にとって父はあの父さんだけ。この人を父と受け入れる事は出来なかった。溝口先生は信頼してはいけない人だ。わかってはいたが、改めて痛感した。 「うちの順が先生にご迷惑を掛けて申し訳ございません。」 父とされる人が溝口先生に話しかけている。この人にうちの順と呼ばれる筋合いはないと思いながらも僕は彼の目を見れず俯いて視線を逸らしたままだった。 「どれだけ先生と母さんに迷惑かけたと思っているんだ?」 顔を逸らしたまま父とされる人が僕に話し掛けた。声を荒げてこそいないが、冷たく僕を責める意図を感じる。昨日の溝口先生の言葉と同じだ。 「被害届なんて出さないよな?」 語気を強められ僕は頷くしかなかった。溝口先生が反応してさらに甲高い声で叫んだ。 「あらー、良かったわ!早速仲直りしなくちゃね。佐藤くんをいま呼んでくるわね。」 僕は無理矢理佐藤晃と仲直りの握手をさせられた。何も言葉を発せずずっと俯いて目を逸らしていたのがせめてもの抵抗だったが、溝口先生はそんな事を気にしている様子はなかった。僕はそのまま溝口先生に連れられ教室に戻った。父とされる人はいつのまにか居なくなっていた。その日の授業中、あからさまに避けられているものの、危害を加えられたり因縁をつけられたりといった事は無かった。 授業が終わり、下校の時間になった。自宅で2人に会うことも怖かったが佐藤晃とその取り巻きに目をつけられるのが何より恐ろしかったので一目散に自宅の前まで帰った。   だが自宅の前に着くと急激に足取りは重くなる。2人に会うのが途端に恐ろしくなる。といってもいつまでも外にいたら佐藤晃に見つかる恐れがある。 僕は意を決して渡されている鍵を使って家の扉を開いた。扉の隙間から中の様子を覗いてみる。人の気配はしない。どうって事はない。よく考えたらこの日この時間2人とも仕事に行っていないはずの時間帯だ。恐れる必要なんてなかったんだ。頭にちょっとした違和感を覚えながらもわざと大きな足音を立てて自室へ向かった。  2人が居なくてもゆっくりしていられる時間はない。帰ってくるまでにやっておかなければいけないことがある。自室で服を着替え、すぐに降りてきてあり合わせの自分の食事を作って食べ、風呂へ入ってと一通り終わったら僕は再び自室へ篭った。もうすぐ2人が帰ってくる時間だ。もう寝よう。僕はベッドに倒れこんだ
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