墓参り

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 本当に大切なものは、失って初めて気が付く。この言葉どこで聞いたんだっけ。そんなことを考えながら、僕は墓の前にしゃがみこんだ。  僕には二つ下の弟がいた。よく二人で遊んだし、その分よく喧嘩した。あの日もそうだった。河川敷でサッカーをしていたときのことだ。弟がPK勝負をしようと言ってきた。相手は小学二年生。四年生の僕が負けるはずがないと思った。案の定、結果は五ー二で僕の圧勝だった。すると弟は兄ちゃんは年上なんだからずるい、とすねだした。自分から勝負しようといってきたくせに。僕は腹が立って、お前が下手だからだろ、と言い返した。今思うと、負けず嫌いな弟にとって「下手」という言葉はすごく不愉快なものだったのかもしれない。弟は目に涙を浮かべながら河のほうへ走り去っていった。河の近くは危ないぞ。そう思ったが口には出さなかった。負けたのはあいつのせいなのになんで僕が心配しなきゃいけないんだ、と変な意地を張っていたからだ。河につながる斜面をおりて見えなくなってしまった弟にかまわず、僕は一人でリフティングを始めた。どれくらいたっただろう。リフティングに飽きた僕はやっぱり心配になって弟の様子を見に行った。僕もちょっとは悪かったかもしれない、ちゃんと仲直りして二人でまた遊ぼう。だけど、僕らが仲直りすることはもうなかった。警察が弟を見つけたのは河の中だった。涙は出なかった。実感がわかなかった。実はドッキリで家に帰ったら出てくるんじゃないかとか、病院に行けばすぐ起きるだろうとか、そんなことばかり考えていた。はっきりとその事実を受け入れた時、弟はもう骨だけになっていた。熱い骨から漂うどこか懐かしく心地の良いあの残酷なにおいを、僕は今でも忘れられない。  ここに来るたびにあの日を思い出す。だけど、僕はそれがうれしかった。弟を忘れていない、まだ僕の心にいるというなによりの証拠だから。立ち上がって口ずさむ。 「河の近くは危ないから気をつけろよ。」 返事は返ってこない。ふっと笑って静かに墓に背を向けた。
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