いきなり教師による教師へのいじめが始まります。

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いきなり教師による教師へのいじめが始まります。

(序章)  亮介はいらついていた。講師の野見山が休んだおかげで自習用の課題作りが自分に回ってきたからであった。元々二年生の世界史を担当していたのは、野見山と亮介だった。しかし教務主任は何を思ったのか、それを地理のお局様であった細田にやらせたのだ。  職員室でくつろいでいる所に突然細田のババアがやってきて職員室のだれもが聞こえるような大声で亮介に言った。  「もっと教科の仕事に責任をもってもらわなければ困ります」  「え?」何のことか分からなかった。青天の霹靂であった。  やがて事情が判明した。野見山の自習プリントを教務主任は何を思ったのか、細田に頼んだのである。事情を知った亮介は慌てて言った。  「すみません。作ります」  そう言って一枚の自習用のプリントを作成した。すると細田は、またヒステリックに叫んだ。  「一枚だけって何よ?私はいつも二枚なのよ!」  亮介は慌ててもう一枚のプリントを作成した。  その後、細田は自習監督に当たっていなかったのか、何事もなかったかのように近くの教師と談笑を始めた。  亮介は腑が煮えくりかえる思いであった。勿論、この細田に対してである。それに、世界史の自習課題を地理の細田に頼むなんてどうかしている。  しかし、亮介の怒りの向かった矛先は細田でも教務主任でもなかった。細田はこの学校では所謂お局様である。逆らうことはできない。そこで亮介の怒りの矛先は風邪で休んだ講師の野見山に対してであった。  「あの野郎、呑気に休みやがって。出てきたらかちましてやる」 (一)いじめの始まり  二日後、野見山が出勤してきた。まだ風邪が本治りでないのか、鼻をぐずぐずとやっている。亮介は職員室の講師席に座ってのんびりしていた頭の悪そうな野見山の席までつかつかと歩いて行って言った。  「お前、自習課題を俺に作らせてええ身分やないか?ちょっとこっちまで来い」  野見山がついてくる。  「どこへ行くんですか?それから何ですか?」  野見山は不安そうに尋ねる。亮介は無言だった。  二人は階段にさしかかった。亮介が階段を登って行ったので、野見山ものこのことついてきた。  防火用の大きな扉を開けて屋上へ出た。そこで亮介はいきなり野見山に蹴りを食らわせた。  「痛い、何するのですか?」  「なんじゃ、まだくたばらへんのか?わしは空手の有段者や。お前なんか一発やぞ」  そう言って、今度は顔面に空手の正拳突きを喰らわせた。野見山は倒れた。  そこへ亮介と同期の英語の田島が入ってきた。何か二人の様子がおかしかったので屋上まで見に来たのだ。そこには立ってファイティングポーズをとっている亮介と顔を押さえてうずくまっている野見山がいた。  「田島先生、こいつ講師のくせに生意気やと思いませんか?」  「ああ、わしも前からそう思っていた」  「やりましょうか?」  「おお、やったるわ」  こうして二人はうずくまっている野見山の腹に蹴りを加えた。勿論、空手の有段者であった亮介は手加減したが、田島は全く手加減をする様子もなかった。  「うっ、うっ、痛いです。先生、やめて下さい」  「あほか?こんな面白いことやめられるか」  そう言って田島は何発も蹴りを加えた。  「お前のような奴はいじめられて不登校にでもなれ。それか保健室登校でもするか?」  亮介が言った。そこには良心の一欠片も残っていなかった。  「ごめんなさい、ごめんなさい」  野見山の哀願の声が耳に響く。しかし亮介はやめなかった。  「田島先生、こいつのズボン脱がしましょう」  「おお、それがええわ」  「スマホ持ってます?」  「ああ、持ってる」  「この恥ずかしい所を動画で撮影じゃ」  田島がズボンを脱がし、亮介はそれを動画で撮影した。  そのうち、野見山は動かなくなった。  「おい、殺してしもたんとちゃうか?」  「そうやなあ、ちょっとまずいなあ」  「よっしゃ、逃げるぞ!」二人は野見山を残して何食わぬ顔をして立ち去り、職員室の自分の席に着いて教材研究をするふりをした。 *  兵庫県立西前先東高校は伝統のある名門校として知られていた。校内暴力もなければ学級崩壊もなかった。外から見ればこんなやりやすい学校はなかったであろう。親も「この学校に子供を預けたなら一安心」と思っていた。そんな学校であった。だからモンスターペアレントなんかもいなかった。たまに不登校の生徒や保健室登校の生徒もいたが、そんな生徒達は学校をやめることでけりがついてきたのだ。不登校の問題なんかには教師は興味を全く示していなかった。教師の興味関心は「いかに多くの生徒を名門大学へ進学させるか」という一言に尽きていた。そして親もそれを望んで子供を学校にあずけていたのである。  しかし、進学校というものは教師間の人間関係がややこしいということが多かった。そしてこの東校も例外ではなかった。教師による教師へのいじめが日常茶飯事のように行われていたのだ。特に新任の教師や、教諭にはなっていない講師へのいじめは度が過ぎていた。また、教師間でスクールカーストのようなものもあり、誰が誰をいじめるのかは決まっていた。教員試験に受かってない講師なんかは絶好のターゲットだったのである。  そして次の事件が発生した。  学校という所は大抵が郊外か、町の中でも交通の便の悪い所にある。勿論オフィス街の中に学校があるといったこともないことはないが、大抵は車を使わないと行けないような所に立地しているものだ。そしてこの東高も例外ではなかった。だから教師は大抵は車で通勤してくる。その車は生徒達の格好の悪戯の標的にされる。  しかし、ここではそれが教師によって行われたのだ。  亮介がいつものスターレットで出勤してくると、何とBMwが止まっていた。それも新車である。亮介は思った。  「これは年輩の先生の車やな。そうでなかったらこんな高いものを買えるわけがない」 しかし、これが何と、あの野見山の車であったことが判明する。  「講師のくせにどこにこんな金があるんや?親はよっぽどの金持ちらしいなあ。それなら何も教師なんかになる必要はないじゃないか?」  亮介は早速いつも通り英語の田島と政治経済の担当の東田を呼び出した。彼らは口々に言った。  「こんな車で通勤しやがって」  「やるか?」東田が田島の方を振り向いてにやりと不敵な笑みを浮かべた。田島は無言で首を縦に振った。亮介も賛同して二人を見てにやりと笑った。  三人は校務員室へ行って桐を持って来た。犯行は東田に任された。あとの二人は「目撃者」がいないようにするための監視役であった。  東田は先ずは前のタイヤに桐を差し込んだ。直ぐには空気は抜けなかった。執拗に二回・三回と桐を差し込んだ。他の三本のタイヤも同様にした。  五時になった。教諭は忙しく、まだ仕事が残っていたが、講師である野見山は定時に帰る。三人が職員室から見ていると、BMWの所に野見山が現れた。  「あ、俺の車が---」  無残にも全てのタイヤがフラットになってしまったBMWがあった。 *  ところで、田島と東田とはどんな人物であろうか?  田島は元々は企業に勤めていて三年間のアメリカ生活を送った経験があった。会社の人間関係に悩んで帰国してから会社を辞めて教員になった。生徒達の受けもよく、熱心な先生として慕われていた。校務分掌は二年生の担任であった。  一見、大過なく教員をやっているように見えたが、そうでもなかった。彼はモンスターペアレントの問題を抱えていた。  彼の生徒に音楽大学を目指していた女子がいたのだが、その子の成績をつけ間違えて音楽が5であるのに通知表に2と書いてしまったのだ。単純なミスであったが、親が校長室に怒鳴り込んできて「担任を変えろ」と言い出した。通知表というのは公定の帳簿ではない。だから校長も一緒になってそれを丁寧に説明した。しかし、父親は「担任を変えろ」の一点張りであった。勿論、学期の途中で担任を変えることなんかできない。そこで田島はその父親に土下座をして謝罪した。その父親は開業医であった。  それからは親に何か言われるのではなかろうかと内心ビクビクしながら教師生活を送っていた。そのストレスは野見山へのいじめへと向かったのであった。  東田は亮介と同じ地歴公民科の教師であったが、管理職の受けがあまりよくなかった。しょっちゅう学校はお休みするし、四十日の年休もあと少ししか残っていなかった。彼は生徒との関係がこじれて鬱病に罹っていたのだ。だから彼は担任を持たせてもらえなかった。彼は奨学金と人権の担当者として進路指導部の中にいたのだ。そしていつも亮介や田島の顔色をうかがっていた。この二人に反抗すると学校での立場が悪くなることをよく知っていた。二人とも東田よりも年下である。だから面白くなかった。その鬱憤を講師をいじめることで晴らそうとしていたのだった。  彼はどうでもいいことでしょっちゅう校長に呼ばれていた。  ある日のことである。東田が中心になって学生支援機構の奨学金の申請をするために多くの生徒をコンピュータ室に集めていた。今は奨学金の申請はネットでやることになっている。それを、奨学金の希望者全員でコンピュータ室に集まってやっていたのである。  彼の仕事は生徒達の机間巡視をして質問に答えることであった。コンピュータに精通している教師の助けを得ながら順当に仕事をこなしているかに見えた。  その二、三日後、校長から呼び出しがかかった。  「東田先生、親御さんからクレームがあってなあ」  「クレームって何ですか?」  「あんたは奨学金の書類にきちんと目を通したのか?」  「はい(それは生徒のやることだろう?)」  「それならなんで親からクレームが来るんや?生活保護を受けていらっしゃるお母さんから大変な剣幕で奨学金の係の教師を出せって言ってきたで」  「どういうことですか?」  「なんでもお子さんが一年間の専門学校へ行こうと思っていたそうやが、一年間の奨学金はないということや。困ってはったで」  「では、どうしろと?」  「お母さんが来られるので謝って下さい」  大体、一年間の奨学金をもらおうとしていた生徒がいるなんてことは東田には知ったことではない。そんなものいちいち見てはいられない。そこで東田は学生支援機構へ電話を入れた。  「あのー、一年間の奨学金が出ないと文句を言ってきた親がいるんですけど」  「そんなもの表紙にきちんと書いてあります。よく読んでなかったのが悪いんです」  その通りである。しかし管理職というものはモンスターペアレントなんかには弱いものだ。クレームが来たら誰かのせいにしなくてはならない。そこで一番言いやすい東田に白羽の矢が立ったのだ。  予想通り、母親がやってきた。東田は何も悪くはない。しかし校長は「謝れ」と言った。仕方が無い。ここは土下座でもしてやり過ごそう。そう思っていた。案の定、母親が大変な剣幕で校長室へ入ってきた。  「奨学金の東田という先生はあなたですか?どうして自分の仕事ができないんですか?」  「申し訳ありません」東田は土下座をした。そして悔しさいっぱいになった。その悔しさはなぜか講師の野見山へ向かっていった。  モンスターペアレントは去って行ったが、東田は次のターゲットにまた野見山を選んだのである。 *    「それでは失礼します」  野見山が定時の五時に帰宅した。そして亮介と田島と東田は遅くまで残っていた。  「おい、やるか?」  東田が言った。  「勿論、やろうや」  田島が同意した。  亮介は書道の教師の机上から墨汁を失敬した。  そして、それを瞬く間に野見山の机にぶちまけた。  「おい、こいつにあだ名をつけようぜ。そして生徒にもそのあだ名で呼ばせるんや」  「そりゃいい。なんてあだ名がええかなあ?」  「決めた!ドド山ボロ彦や」  「ドド山先生か、こりゃいい。ついでに生徒に奴を『ウンコ』と呼ばせるなんてどうや?」  「そりゃいい。では落書きや」  亮介は筆を持って来て野見山の教科書に「ウンコ、ドド山先生」と大書した。それから、指導書や教科書にラッションペンで落書きをし、破ける本はみんな破いた。 「おい、こいつの上靴を隠して、靴箱にゴミを入れようぜ」  「あははは、そりゃいい」  三人は靴箱へ歩いていった。「野見山」と書かれた靴入れがあった。三人は野見山の靴を取り出して焼却炉に入れることにした。そして中にゴミを詰めた。  「よーし、一仕事すんだ。帰ろうぜ」  「おお、帰ろ帰ろ」  三人は自分の車の置いてある駐車場へ散っていった。  翌日、野見山が出勤したきた。そして自分の机を見るなり大声で叫んだ。  「あーー!俺の机が」  「うわー、これは酷い。一体誰がやったんやろうか?」  ふてぶてしくも東田が言った。亮介も野見山の机まで行って、不審そうに眺めた。  「わー!俺の教科書が---」野見山は教科書を開いて落書きを見て叫んだ。  「おい、ウンコ教師やとよ」  「ほんまや。ウンコ教師って書いてある」  「あれ?名前は何?ドド山ボロ彦やとよ」  亮介と東田と田島が代わる代わるそう言って騒ぎ始めた。  やがて数人の教師が出勤してきた。野見山は半泣きになって教頭に申し立てた。  「誰かが俺の教科書と机を無茶苦茶にしたんです」  そこへ亮介が声をかけた。  「教頭先生、こいつ生徒にいたずらされて泣いているんです。それから教科書に『ウンコ』とか『ドド山ボロ彦』なんて書かれてました」  数人の「傍観者」の教師がそれを見て笑っている。  「ウンコのドド山ボロ彦先生、教科書なんか社会科室にいっぱいあるやろうが。なあドド山先生」  それを見て職員室で一斉に笑いが起こった。  野見山は半泣きになっていた。  「野見山先生、何か生徒に恨まれる心当たりはありますか?」  「いえ、ありません。この職員室の誰かがやったんだと思います」  それを聞いていた田島がいきり立って言った。  「おい、お前、同僚を犯人にするのか?」  「そうや、そうや、男らしくないぞ」  誰かが言った。  「野見山先生、先生がこんなことするはずはありません。証拠でもあるのですか?」  教頭が野見山を諫めるように言った。  「うわーーーーー」  野見山は奇声を上げながら職員室を出て行った。  その日の授業で東田と田島と亮介は生徒に言った。  「野見山先生は今日はお休みです。勝手にお休みするような先生の言うことなんか聞く必要はありません。今日から野見山先生のことをウンコ教師ドド山先生と呼びましょう」  生徒から爆笑が起こった。 *  翌日、野見山は出勤してきた。それを校長が呼び止めた。  「野見山君、何か昨日は勝手に帰ったそうやないか?そんなことされるとみんなが迷惑するねん。それから机のことも教師が犯人やと言うたそうやないか?そんな証拠がどこにあるのですか?ちょっと校長室まで来て下さい」  結局野見山は校長に散々油を絞られた。 そして野見山は何事もなかったかのように二年三組の世界史の授業に出かけた。  教室に入ると黒板に大きな字で落書きがしてあった。  「ウンコ教師ドド山消えろ。臭い臭い」  そして誰が書いたのか、ウンコの絵が書いてあった。野見山は何も言わずにそれを一所懸命消した。  その姿があまりにも滑稽だったのか、生徒の一人が叫んだ。  「あれー?ウンコが黒板消している」  爆笑が起こった。と同時に何名かの生徒の大合唱が起こった。  「ウンコ、ウンコ、ウンコのドド山、ウンコのドド山」  さすがに頭にきたのか野見山は叫んだ。  「うるさーい!静かにしろー!」  「おい、ウンコが人間の言葉喋ってらー」  「何か臭うぞー、誰や?ウンコしたのは?」  そこへ亮介が入って来た。  「おい!何を騒いでる!静かにせんか!」  やっと静かになった。そして、放課後にまたしても野見山は亮介ら三人の教師に裏門まで呼び出された。  「お前の授業がうるさいんじゃ。生徒を静かにさせることもできへんのか?」  「そんなこと言われたって---」  「お前、まさか俺たちが生徒達に仕込んだと思ってるんやないか?」  「そんなこと思ってません」  「おい、こいつのズボン脱がそうや」  東田が言った途端に三人は彼を押さえ込み、ズボンを脱がしにかかった。  「何するんですか?先生、やめて下さい」  「やかましいわい。わしらに向かって抵抗するんか?」  そう言うと亮介は野見山のズボンをずり下ろし、上靴で次々と腹に蹴りを入れた。  「痛、うぐっ、やめてー」  「おい、やめてーやとよ。こいつまるで女やなあ」  「ほんまや、ちゃんとついてるのか?」  そう言って今度は田島がパンツを脱がしにかかった。  「やめて下さい」  「おい、やめて下さいやとよ。そんなこと聞いたら余計にやりたくなってくるわ」 「おい、こいつ包茎やぞ」 「ほんまや皮被ってる」 野見山は泣き出した。なぜ自分だけがこんな不条理な仕打ちを受けるのか理解できなかったからだ。  「どうして僕をこんな目に遭わせるのですか?あなた方は先生でしょう?」  「わしらは親や校長からいじめられているんや。そやからお前も同じようにしたるんや。講師はええのう。モンスターペアレントから何も言われる心配ないねんからなあ」  「そうやそうや。こいつに現実の厳しさを教えてやれ」
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