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野見山の友人殺される。
(六)野見山の新しい友人
やがて夏休みになった。講師である野見山は出勤する必要はなかったが、亮介はじめ三人のいじめっ子教師は部活動の指導などで出勤していた。昔は夏休みともなれば教師も出勤せず、研修簿に「研修・教材研究」と書いておくだけで出勤しなくてもよかったのだが、世間の風当たりが強くなり、出勤が義務づけられるようになったのだ。
その間、三人は九月からまた野見山をいじめようということで衆議一決していた。
そして二学期がやってきた。野見山は教員採用試験を受けた直後であった。通っているかどうかは分からないが、ここでの講師の評判が教育委員会にも影響することは分かっていた。
二学期になると同時に鬱病で休職していた物理の中山が学校に戻ってきた。
始業式の朝の職員朝礼で中山が挨拶した。
「皆さん方には長期の療養で大変ご迷惑をおかけしました。これから頑張って働きますのでどうぞよろしくお願いします」という簡単な挨拶の後、先生方が拍手をし、二学期が始まった。
野見山はなぜか安堵した。野見山自身は鬱病ではないが、何か話せる知己を得たような気がした。そこで、野見山は早速中山の机まで挨拶をしに行った。
「野見山と言います。世界史の時間講師で来ております。よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
「中山です。よろしくお願いします」
講師に対しても柔らかい物腰で、言葉も丁重であった。
始業式ではいじめっ子三人組は生徒が喋らないように前で指導をする。その間、野見山と中山は体育館で生徒達の後ろにいた。
突然、中山が野見山に話しかけてきた。
「大山先生や東田先生や田島先生にいじめられていませんか?」
「え?」野見山はその言葉に一瞬呆然となった。なぜこんなことを聞いてくるんだろうか?この教師も三人にいじめられて鬱病になったのであろうか?
「あのー、どうしてそんなことを聞くのですか?」
とにかくこの一点は確かめておかなくてはならない。今までの不条理な彼に対するいじめをなぜかこの先生は知っているかのような言い方だったからである。中山は答えた。
「あの三人は講師いじめで有名なんや。あんたもいじめられていないかと思って聞いたまでです」
野見山は躊躇した。ここでいじめの件を話すべきだろうか?もし話して、彼が大山の一派だったら余計にいじめられることになる。しかし、そうでなかったら少しでもこの事実を知ってもらいたいという考えもあった。そう思い巡らしていると中山は、あたかも野見山の心を読んだかのような発言をした。
「心配しなくてもいいですよ。僕はあなたの味方ですから」
そこで意を決して野見山は中山に告げた。
「はい、ひどいいじめを受けています」
「やっぱりね、あいつらのことやからやってると思ったんや。どんなことされたの?」
そこで今まであったことを全て話そうと思い、中山に言った。
「今日の放課後、時間空いていますか?」
「今日なら空いていますが」
「それならば喫茶点のMをご存じですよね。そこで話します」
六時頃、野見山と中山は喫茶Mにいた。先に野見山が入ってコーヒーを注文すると、程なく中山が入ってきた。
「あ、僕はアイスコーヒーね」
最初は中山は鬱病になった経緯とか、この学校に対する不満なんかを話していたが、急に襟を正し、野見山の顔を覗き込んだ。
「ところで、いじめの件やけど何されたんですか?」
「はい、僕の車に悪戯されたり、机の上に墨汁を撒かれたり、ウンコとかドド山ボロ彦なんていうあだ名をつけられて、それを生徒に言うように強要したり、裏門で殴る蹴るの暴力を受けました。私を助けようとした三人の女生徒がいたのですけど、三人とも彼らにやられて退学してしまいました」
「こりゃ、噂には聞いていたけど酷いいじめやなあ。生徒に『いじめはいけない』なんてあの三人は言う資格がないなあ」
「はい、本当です。中山先生もいじめられたのですか?」
「いや、俺は教諭やったから大丈夫やった。でも奴らが講師をいじめている所は何回も見ている。校長も教頭も放ったらかしや」
「どうして僕がターゲットになったと思いますか?」
「そりゃ教師カーストがあるからやろう」
「生徒間にスクールカーストがあることは聞いていますが、そんなのあるのですか?」
教師の中にカーストがある。薄々は感じていたが、本当にそんなものが存在しようとは夢にも思っていなかった野見山だったので、興味をそそられた。
「あるある。先ず生徒指導部長の山崎、こいつはカーストの頂点や。校長や教頭よりも偉い。この学校、長いから威張っているんや」
「(成る程、女生徒三人を退学にした教師か)」
「次に偉いのが校長と教頭、それから各学年の学年主任と教務部長、進路指導部長なんかがいる」
「それは普通のことですね」
「それから年寄りの先生は上級カーストで、あの三人は下級カースト、講師なんかはスードラや。下級カーストの人間はいじめられているから講師をいじめるんや」
「ひどい。生徒のいじめよりひどい」
「そう思うやろ。なあ、俺等友達になろう。あいつらをやっつけることはできないけど、何かの時に役に立つかも知れん」
「はい、有り難うございます」
こうして野見山は中山という知己を得たのである。
(七)事件
野見山は以後、この中山と行動を共にするようになった。中山は亮介らのいじめには加わらなかった。相変わらず、職員室では野見山は「ウンコ」とか「ドド山ボロ彦」なんて呼ばれていたが、中山だけは「野見山先生」と呼んでくれた。
しかし、亮介ら三人にはこれが面白くなかった。孤立無援だと思われた野見山がこともあろうに教諭と親しくしている。絶対に許せなかった。そこで、亮介は休憩時間に東田と田島を呼び出した。
「おい、最近の野見山調子ええなあ。なんか中山とくっついているようやなあ」
「こりゃ中山先生にも焼きを入れなあかんなあ」
「よし、やるか」
昼休み、田島が中山の机にツカツカと近寄り、何かを囁いた。
「中山先生、少しお話があるんですけど、放課後屋上まで来ていただきませんか?」
「(とうとう来やがったか)」中山は思ったが、OKした。そして放課後の生徒がいなくなった頃、田島は中山に言った。
「それでは中山先生、少しお話を」
「ああ、分かりました」
中山はのこのこと田島の後をつけて職員室を出、階段を登っていった。田島が重い屋上へと続く防火扉を開けた。屋上には亮介と東田が待機していた。
「話って一体何ですか?」とぼけたように中山が声を発する。すると亮介は拳をもう片方の手で鳴らしながら言った。
「そんなもん、分かってるやろうが」
「いや、分かりません」
たたみかけるように東田が言った。
「分かりませんやと?そんなら分からせたるか?お前、最近野見山の肩持ってるやろう。何かわしらの悪口でも言いよったんやろう?こら」
「そんなこと言うてません」
「何ー、お前、しばかなわかれへんのか?」
「何ですか、それ、喧嘩売ってるのですか?」
「おお、そうや」
「そんなら買いません」
「おい、お前、わしらの喧嘩が買えないと言うんか?」
ツカツカと亮介が中山に歩み寄り、いきなり空手の蹴りを腹に食らわせた。中山は倒れ込んだ。
「何するんですか?暴行ですよ。刑法犯ですよ」
「ほう、おもろいことぬかしくさるのう、ほんまものの刑法犯というのがどんなことするか教えたる」
そう田島が言った。と、その時、田島はそこに立てかけてあった金属バットを手にした。
「な、な、何するんですか?」
「何するんですかやと?これやー」
そう言って田島は金属バットを振り上げ、思いっきり中山の側頭部を殴った。そして倒れた中山の頭を数回殴打した。中山は動かなくなった。
「(いくら何でもやり過ぎや)」亮介と東田は同時に思った。恐らく田島は長いアメリカ暮らしで良心が麻痺してしまったのであろう。全く平然として動かなくなった中山の脇腹を蹴って言った。
「へ、こいつ死んでしもたがな」
「(狂ってる、こいつ狂ってる)」亮介は思ったが、田島は平然としていた。彼はサイコパスなのだろうか?
後は田島のペースであった。大変なことをしてしまったと思っている亮介と東田をよそ目に彼は二人に次々と指示を与える。
「おい、こいつの靴脱がせ」
東田が靴を脱がせた。
「何をのそのそしよるんや、この靴を揃えておいとくんや。ええか?こいつは病気を苦にして自殺したんや。今から屋上から落とす」田島は平然と言い放った。そして中山の死体を屋上のフェンスに運ぼうとして言った。
「おい、おまえらも手伝ってくれよ。俺達同罪なんやから」
仕方なく亮介と東田は中山の死体を運んだ。そして、靴を揃えて置き、死体をフェンスから上へ上げた。やがて重力で中山の死体は落下した。血しぶきが飛び散った。
「お前、すごいことするなあ」亮介が言うと田島は平然として言った。
「わしはアメリカで人が銃で撃たれるところを見てる。こんなこと平気や。さあ、職員室へ戻って遺書を書こうか」
田島がそう言ったので三人は人に見られないようにこっそりと屋上を後にした。
職員室には既に誰もいなかった。
「よーし、遺書作りや」
田島が言ったので、東田が中山のパソコンに遺書を打ち込んだ。
「僕は病気に負けました。
教師の仕事を続ける自信がありません。
皆様さようなら。
中山陽介」
「これで完璧や。さあ、帰ろうか」田島が言った。
*
翌日、学校は大騒ぎになっていた。朝練で登校した運動部の生徒が中山の死体を発見し、部活動の顧問の教師に報告した。
顧問の教師は、直ぐさま校長と警察へ連絡を入れた。先ずは警察が到着し、遅れて校長がやってきた。既に物見高い生徒達に中山の死体は囲まれていた。
「みんなどきなさい、警察の方が来られているのでどきなさい」
生徒指導部長が生徒達を遠ざけた。
警察の実況見分が始まる。校長は早速生徒朝礼を開くことにした。
体育館へ行く途中で生徒達が亮介に尋ねる。
「先生、中山っち自殺したん?」
「それは分からん。警察が調べているところや」
冷や汗をかきながら亮介は答えた。これは自分達の犯行なのだ。もしも警察にばれたらどうしよう---そんなことばかり考えていた。
亮介は生徒の点呼をとって整列させると、生徒達の後ろへ退いた。校長の訓話が始まった。
「中山先生のことですが、今警察が事件と自殺の両方で調べております。皆さんも一つしかない命を大事にして下さい」
別に目新しいこともない、普通の訓話であった。
*
警察は遺書も見つかっているし、鬱病で長期療養していた教師だということで事件性はないものと判断した。しかし、まだ解剖に回して科学捜査をする必要があった。
校長や教育委員会をも巻き込んで保護者への説明会も開かれた。
「警察は事件と自殺の両方で調べておりますが、今のところ自殺という線が濃厚です。命の大切さを教えなければならない教師が自殺するとは思ってもみませんでした。保護者の皆様はどうぞ、生徒達に動揺が広がらないように落ち着いた対応をお願いします」
保護者の中から意見があった。
「中山先生は少し現場へ戻すのが早かったのではないですか?」
「はい、それは管理職としましても十分に反省しているところです。しかし私どもは医者の意見に従ったまでですから、こんなことになるとは思ってもみませんでした」
「これを真似して自殺する生徒はいませんか?」
「はい、学校では命の大切さを十分に教えているところです。本当にお騒がせして申し訳ありません」
校長は集まった保護者に深々と頭を下げた。
こうして、この事件は終わるかのように思われていたが、一週間後に刑事が二人学校へやってきた。二人の刑事は校長室へ入ると、奇妙なことを校長に聞き始めた。
「何か中山先生は人から恨まれたりしていませんでしたか?」
「あのー、それはどういうことでしょうか?」
「いえ、実は屋上から落ちて頭を強打したようなんですが、それとは別に何かで殴られたような痕もあったのですよ」
「それでは誰かが突き落としたとでも---」
「その可能性もあります。中山先生と一番親しかった先生は誰ですか?」
「そうですねえ、世界史の野見山先生でしょうか?」
「その先生を呼んでもらえませんか?」
「いいですよ。では教頭先生、野見山君を校長室まで」
「わかりました」
野見山は職員室にいた。そこへ教頭が入って来て言った。
「野見山君、ちょっと校長室まで来てくれるか?警察の方が来られているねん」
「わかりました」
それを見ていた亮介は東田に耳打ちをした。
「おい、やばいんやないか?警察に野見山が呼ばれたぞ」
「大丈夫や、気の小さい奴やなあ。黙ってたら自殺で処理してくれる」
野見山は校長室の扉を軽くノックした。
「どうぞ」
校長の声がした。
中へ入ると体格のいい背広を着た男性が二人座っている。野見山は一目見てそれが刑事であると分かった。刑事のうち、年長の方が話し始めた。
「あなたは中山先生と親しかったようですけど、彼が誰かに恨まれるようなことはありませんでしたか?」
「恨まれる心当たりはありませんが、私と仲良くしていることが気に入らない教師もいたようです」
「あなたと仲が良いとどうして恨まれるのですか?」
「私はこの学校ではカーストの最下位にいて、他の教師からいじめを受けているのです。しかし、中山先生が私を庇うので、苦々しく思っていた教師もいたんじゃないでしょうか?」
この答えに最も焦り、そして驚いたのが校長であった。そんなことを話されたら学校のイメージが悪くなる。これは何としても彼の口を封じなければいけない。そこで校長が割って入った。
「いや、この先生はノイローゼで自分がいじめられていたなんていう妄想を抱いているんです。教師の間でいじめなんかありません」
「私は野見山先生に聞いているのです」
刑事からそう言われて校長は口をつぐんでしまった。
「あなたをいじめていたというのは誰ですか?」
「大山先生と東田先生と田島先生です」
「では、その三人にも事情聴取した方がよさそうですね」
「はい」
こうして亮介と田島と東田も事情を聞かれることになった。
*
先ずは亮介が校長室に呼ばれた。
「あなたは中山先生が自殺した日の十時頃、どこで何をしていましたか?」
「私は九時半頃にはいつも家に帰っております。だから家にいたと思います」
「九時半頃学校には誰かいましたか?」
「はい。私と東田先生と田島先生と中山先生が遅くまで残っておりました」
「中山先生の様子はどうでしたか?」
「何か思い詰めているような感じでしたが、まさか自殺するとは思っていませんでした」
「まだ自殺と決まったわけではないんや。突き落とされて殺されたという可能性もあるんや」
「そんなことをする人はいないと思うんですけど---」
「わかりました。じゃあ、事件があった時刻にはあなたは家にいたんですね」
「はい」
亮介は声が震えていた。そしてそれを気づかれないように何度も深呼吸した。
亮介が校長室から出てくると田島と東田が亮介を取り囲んだ。
「おい、何を聞かれた?」
「アリバイや。中山が自殺した十時にどこにいたか尋ねられた」
「それで何と答えた?」
二人は身を乗り出して亮介の答えを待った。
「俺は家にいたと答えた。九時半に学校を出たと答えた」
「これは口裏を合わせる必要があるなあ」
そこで亮介ら三人は、中山とともに九時半まで職員室にいたということで口裏を合わせた。
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