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究極のいじめ。
以後、警察が来ることはなくなった。どうも自殺ということで処理されたようである。しかし、この一件より、野見山への三人のいじめは激しさの度を増していくのであった。
(八)激しさの度を増すいじめ
中山の事件があってから暫くしてから野見山はまた三人に屋上へ呼び出された。
野見山が指定された時間に重い扉を開けて屋上へ行くと、例の三人が待ち構えていた。
先ずは亮介が言った。
「おい、ドド山ちゃんよう、お前、警察に俺達が中山を殺った犯人やないかって言うたんやろう。この落とし前はどないつけてくれるんや?」
「いや、私は何も言うてません」
「それやったら何でわしら三人が警察に呼ばれるねん、お前やろ?」
そう言って亮介は野見山の足へローキックを食らわせた。野見山は痛さのあまりコンクリートの上でうずくまった。そこへ間髪を入れず、亮介は地獄締めで野見山を締め上げた。
「もうやめて下さい、許して下さい」
「あかんな。許してほしかったらわしらの言うこときくか?」
「何でもします。だから助けて下さい」
そこへ東田が口をはさむ。東田は締め上げられている野見山に顔を近づけ、唾を飛ばしながら喚いた。
「何でもします言うたなあ、それやったら何でもしてもらおか?田島先生、何してもらいましょ?」
田島はこれを薄笑いを浮かべながら見ていたが、ツカツカと野見山に近づき、言った。
「お前、女子更衣室へ行ってセーラー服とスカートを盗んでこい」
「嫌です、それだけは許して下さい。僕、教員採用試験に落ちてしまいます」
「落ちたらええやんか。ここで中山みたいに殺されるよりはましやろ?」
「え?だったら中山先生を殺したのは先生方ですか?」
「そんなん知らんがな、お前も中山みたいにノイローゼになって自殺することになる言うて言うたまでや。どないや、嫌か」
そう言っている間にも亮介は徐々に強く首を絞めにかかる。
「く、く、く、苦しいよー」
「どないじゃ!やるんか?」
「や、や、やります。だから助けて下さい」
「よーし、今日中にセーラー服とスカート盗ってこい。わかったな?」
「は、は、はい」
昼休みが終わって五時間目、野見山は体育館の女子更衣室へ侵入した。野見山は顔を涙でいっぱいにしながら「悪いな」と一言だけ言って大慌てでロッカーにあったセーラー服とスカートを抜き取ると、それを持って慌てて更衣室を出た。
六時間目、三年三組の教室で生徒と教師が大騒ぎしていた。
「藤田さん、どうして体操服着てるの?」
「先生、誰かに私の制服とスカートを盗まれました」
英語の女教師であった山崎がヒステリックに騒ぐ。
「本当?この学校にも何か変態がいるのかしら?誰か心当たりはないの?」
男子生徒の一人がこれに答えた。
「先生、わしらも体育の授業やったんですよ。僕らが盗れるわけにじゃないですか」
「そうや、そうや」
一斉に男子生徒が抗議をする。
「そうやねえ、一体誰がやったのかしら?藤田さん、不便やけど授業は体操服で受けて。これは生徒指導部と校長に言わないといけないわ」
そうして、この事実は山崎によって指導部長と校長に報告された。
三年三組の教室では「一体誰が入って来たんだ」ということで大騒ぎになった。
スカートと制服を盗られた藤田の親も怒って校長と担任に抗議の電話をしてきた。
その頃、野見山はまたもや三人に屋上に呼び出されていた。
「田島先生、盗ってきました。制服とスカートです」
「よし、お前は今からこれを着ろ。写真撮ったる」
「嫌です、なんでそんなことしないといけないんですか?」
「言うたやろ?俺達を中山殺しの犯人にしようとした罰やって」
「本当にやめて下さい、お願いです。僕、もう正教員になれなくなります」
「じゃかましいわい、お前なんかどうせ教員試験にも落ちてるんや!」
三人は野見山に近づくと、例によって亮介が後ろから羽交い締めにした。あとの二人は野見山のズボンとカッターシャツを脱がしにかかった。
「やめて下さい、何するんですか?」
野見山が次の言葉を発する前に田島が野見山のみぞおちに蹴りを入れた。野見山は痛さのあまりうずくまった。
「着ろ!写真撮るから着ろ!」
野見山は泣きながら従った。なぜ自分はこんな不条理に耐えなければならないのであろうか、と思いながらも三人に抵抗することはできなかった。
こうして女子高生のコスプレをした野見山は、そのまま写真におさまった。
「写真撮ったか?」
「ばっちりや」
「そんなら行くか?」
「おう」
三人は屋上を後にした。野見山は一人屋上で泣いていた。
翌日、掲示板に写真が貼り出された。野見山のコスプレ写真であった。なぜか写真の中の野見山は泣いていたが、そんなことは誰も問題にしなかった。
写真の上には「制服泥棒の犯人、変態教師ドド山ボロ彦」と大書されていた。
だれが貼り出したかということは問題にならなかった。
この制服が更衣室から盗まれたものであり、それを野見山が着ているという一点だけが問題になった。
写真が貼り出されたことが分かった野見山は慌てて掲示板まで駆けて行き、教師や生徒達をかき分けて写真を剥がしにかかった。
「変態!」
男子生徒の誰かが叫んだ。
「きゃー、変態がこっち来る」
女生徒も叫んだ。
物見高い教師も一斉に野見山を見る。野見山は写真を剥がすと、そのまま廊下を走り、車に乗って家へ帰った。
*
野見山が家で泣いていると、校長から電話がかかってきた。
「どうせまた、あの写真のことやろう。大山なんかは何も言われずに俺だけが悪者にされるんや。決まっている」そう思って電話に出なかった。
その二週間後、講師解雇通知書が送られてきた。封筒の中を見ると校長の手紙が添えられていた。
「前略
野見山幸彦様
いいことと悪いこと両方を通知致します。
先ず、あなたは教員採用試験に内定合格していました。しかもトップの成績での合格でした。ただし、次の一文が添えられていました。
『残念ながら、貴方は西前先東高校に於ける破廉恥事件の結果、採用を取り消します』とありました。あんな事件を起こさなければ正教員になれたものを---誠に残念なことです 県立西前先東高等学校 校長」
野見山はその結果を見て一人悔し涙を流していた。
「畜生、畜生、絶対に復讐してやる、絶対にな」
*
一ヶ月後、野見山は東高の保健室に現れた。
既に数名の生徒がテーブルを囲んで養護教諭の作間と談笑していた。
そこへ野見山が現れたものだから生徒達はパニックに陥った。
「きゃー!野見山や!変態!」
「お願いやからこっち寄らないで」
そう言って数名の女子生徒が保健室を出て行った。
作間はその生徒達を追おうとはしなかった。
残った生徒が二名いた。女子生徒一人と男子生徒一人であった。
彼らは口々に言った。
「野見ちゃん、私ら信じてるで、野見ちゃんが制服盗ったりするわけないもん」
女生徒が言った。
「野見ちゃん、また大山なんかにはめられたんやな」
それに対する野見山の返答が以外なものであった。
「いや、もういい。あいつらはきっと天罰が下る。ところで作間先生、私は教師になることを諦めてタイへ行くことになりました」
この答えに驚く様子もなく作間が答えた。
「野見山先生、大変やったねえ。せっかく教員試験合格してたのにねえ。私も先生があんなことしたなんて信じてないからね。で、タイで何するの?」
「はい、日本語学校の講師の口があったので行きます」
「いつ出発?」
「あさってです」
「えー、それでここへ寄ってくれたん?」
「はい、色々お世話になりました」
「いえ、これからも遊びに来てね」
生徒が話に割り込んだ。
「野見山先生、授業本当に楽しかったよ」
「うん、先生教えるの上手やもねえ」
「先生、帰ってきてね」
これに対して野見山はいつもの駄目教師らしくなく、きっぱりと言い放った。
「俺が帰る時は、ある計画を持って帰る。二人とも楽しみにしていてね」
「え?計画って?」
「そのうちわかる」
それだけ言い残して野見山は去っていった。
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