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先生
海外事業部の早川課長が20歳年下の部下と不倫した挙句、心中未遂を起こしたという話は本社に勤務する全ての人間が知る、大スキャンダルとなった。
早川課長はカンボジアに飛ばされ、女子社員は退職をした。
その事について部下の間宮かおりが「ゆみちゃんが可哀そう」だと言い出した。
ゆみちゃんとは早川課長と不倫をしていた女子社員の事だ。
間宮が卒業した高校の後輩で仲が良かったらしい。
「早川課長だけが会社に残って、ゆみちゃんが辞める事になるのはおかしいですよ」と、やや興奮気味に間宮が話した。
「ねえ、石上主任もそう思いませんか?」
黙って昼食後の茶をすすっていると、テーブルの向こうの間宮が同意を求めるように見て来た。
偶々間宮と社食で一緒になり、相席になった訳だが、昼に聞くにはやや重い話だった。
「既婚者と付き合ってたんだから、それぐらいのリスクは覚悟してたんじゃないのか?だから、ゆみちゃんは辞めたんだろう」
間宮が頬を膨らませ、丸顔をさらに丸くし、不機嫌さをアピールしてくる。
「悪いのはゆみちゃんだけなんですか?」
間宮が食い下がる。
もう終わった事に興味はない。そんな事より一つでも多くの仕事を処理する事に頭を使いたい。これから訪問する取引先の見積書の最終チェックがまだ終わっていないし、間宮が作った契約書の記載ミスの尻ぬぐいもしなきゃいけない。時間は待ってくれないんだ。
「いいか悪いかなんて俺が決める事じゃない。先に行くぞ」
空の食器がのったトレーを持って席を立った。
間宮がまだ何か言いたそうな顔をしたが、無視して食器返却口に向かって歩いた。
この時の俺は既婚者を好きになるとは夢にも思っていなかった。
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