先生

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 大手町から会場となってる六本木に地下鉄で向かいながら、一瀬に託された結婚祝いが重く感じる。  この祝いを受け取る矢島が少しだけ羨ましい。  もしも二か月前のあの時、一瀬が俺との結婚を承諾してくれていたら、俺も祝われる側になってたんだろうか。  上村課長よりも前に一瀬と出会っていたのに俺は友人以上の存在にはなれなかった。  課長と俺、一体何が違ったのか……。  なんて、柄にもなくセンチメンタルな事を考えた。  もう終わった事だ。一瀬が幸せならそれでいい。  これで良かったんだ。これで……。  地下鉄の駅を出ると頬を撫でる五月の風が柔らかく感じた。  季節がいつの間にか春から夏に向かっている。  余計な想いを捨てるように横断歩道を渡り、目的地のイタリアンレストランに向かった。  店はビルの7階に入ってて、エレベーターの窓からは街のイルミネーションと赤く光る東京タワーが見えた。一人で見るには寂しいぐらい、ロマンティックな眺めだ。  一瀬の事は引きずってないつもりでいたが、結婚祝いを渡された瞬間から妙に寂しくなった。  ああ、もうやめよう。こんな事考えて何の得にもならない。落ち込むだけだ。    エレベーターから出ると、気持ちを切り替えて店に入った。タキシード姿のウェイターに案内され、個室に通される。  もう鈴ゼの連中は揃っていて、個室に入るなり「石上ー!遅いぞー」と一斉攻撃を受けた。  相変わらずノリだけはいい連中だった。    今夜集まったのは12人。女が4人しかいない。むさ苦しいが、うちのゼミは男が多いから仕方ない。男たちはみんなスーツで、女性は明るい色のワンピースが多い。たった4人だが女性がいるだけで華やかになる。  その中にゼミ生ではない顔を見つけてハッとした。  クリーム色のワンピース姿の鈴原杏子(すずはらきょうこ)准教授だ。  俺たちのゼミの担当教官だった。  先生の名前が鈴原だから「鈴原ゼミ」と呼ばれ、さらに省略して俺たちの代は「鈴ゼ」と呼んでいた。  先生と一瞬だけ目が合い、慌ててお辞儀をした。  相変わらず鈴原先生は綺麗だった。
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