始まりは

1/1
前へ
/2ページ
次へ

始まりは

 道端をふらついて歩いている男が居る。  歳は三十路頃か。草臥れたスーツにネクタイ、一見してしがないサラリーマンにも見て取れる。 (……俺は落伍者だ)  その男はかなりのスピードで走る道路の車のライトを見詰めて居る。頭を振って、またよろよろと歩き出す。 (車は駄目だ。電車……飛び込み……)  とすん 「おや、どうしました? 気分が優れないようですが、酔いましたか?」  サラリーマン風の男がぶつかった相手は、気遣うように眉尻を下げていた。 「嗚呼、すみません……考え事をしていまして……」 「此処は危ないですよ。事故も多くて、『魔の交差点』なんて言われてますしね」  おどけたように言う相手に、リーマン風の男はふと足元に目をやった。ガードレール際に新しい花束が添えられている。 「随分と具合が悪そうですね……私はカウンセラーをしていまして、宜しければ相談に乗りますよ」  男が懐から出した名刺には、『カウンセラー 花屋敷 夢乃』と書かれていた。 「俺は……私は……名刺を無くしましたが、『深川 未明』と言います……」 「ふむ、深川さん。職務として聞く訳では無いので、お金は取りません。どうです。一杯やりませんか?」  断る理由は無い。  深川は仕事を無くして、路頭に迷う寸前だったのだから。  何をしても上手くいかない。病院ではうつで要安静と言われたが、最近事業収縮している会社をクビになるには充分な理由だった。  カウンセラーに当たったのも運命か。死ぬ前に俺を知ってくれる奴が現れたのか。 「大丈夫ですか? 深川さん」 「あ、はい……」  ふらつく足元を支えるように、花屋敷が深川の肩を抱く。  そうして、飲み屋街に消えて行ったのだったが――
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加