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始まりは
道端をふらついて歩いている男が居る。
歳は三十路頃か。草臥れたスーツにネクタイ、一見してしがないサラリーマンにも見て取れる。
(……俺は落伍者だ)
その男はかなりのスピードで走る道路の車のライトを見詰めて居る。頭を振って、またよろよろと歩き出す。
(車は駄目だ。電車……飛び込み……)
とすん
「おや、どうしました? 気分が優れないようですが、酔いましたか?」
サラリーマン風の男がぶつかった相手は、気遣うように眉尻を下げていた。
「嗚呼、すみません……考え事をしていまして……」
「此処は危ないですよ。事故も多くて、『魔の交差点』なんて言われてますしね」
おどけたように言う相手に、リーマン風の男はふと足元に目をやった。ガードレール際に新しい花束が添えられている。
「随分と具合が悪そうですね……私はカウンセラーをしていまして、宜しければ相談に乗りますよ」
男が懐から出した名刺には、『カウンセラー 花屋敷 夢乃』と書かれていた。
「俺は……私は……名刺を無くしましたが、『深川 未明』と言います……」
「ふむ、深川さん。職務として聞く訳では無いので、お金は取りません。どうです。一杯やりませんか?」
断る理由は無い。
深川は仕事を無くして、路頭に迷う寸前だったのだから。
何をしても上手くいかない。病院ではうつで要安静と言われたが、最近事業収縮している会社をクビになるには充分な理由だった。
カウンセラーに当たったのも運命か。死ぬ前に俺を知ってくれる奴が現れたのか。
「大丈夫ですか? 深川さん」
「あ、はい……」
ふらつく足元を支えるように、花屋敷が深川の肩を抱く。
そうして、飲み屋街に消えて行ったのだったが――
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