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男やもめって、なんか、言葉の響きがえろいよなあ。
などと不謹慎なことを考えていたら職場の同僚が本当に男やもめになってしまった二十九歳の冬。
* * *
控え目な暖房の稼働音が聞こえるオフィスでパソコンと向き合っていると、部屋の後方からドアの開く音がした。反射的に視線をそちらに滑らせる。入ってきたのは、今日久し振りに出勤してきた同僚、柴原だった。
柴原はもともと痩せ型の男ではあったけども、以前目にしたときと比べると格段にやつれてしまったように見えた。優男の、儚そうな面立ちと相まって、彼の身に起こった出来事の悲愴さが痛いほど滲み出ている。
働き回っていた十数人ほどの社員が、何と一言目を発したらいいかわからない気まずさを伴って、全員一瞬動きを止めた。
「おはよう、柴原。大丈夫か? 調子は……」
そんな中、宮田部長だけがするすると流れるように柴原へ声をかける。さすがだな、と思った。
柴原は恐縮したように微笑んで頭を下げた。
「ありがとうございます。もうだいぶ落ち着いてきたので、今日からは通常業務に近い程度には戻せると思います。ご迷惑おかけしました」
「しんどかったら、すぐに周りを頼るんだぞ。無理はするな」
部長はそれだけ言うと自分のデスクに戻っていった。それを見送って、柴原も自身の持ち場に向かうべくやって来る。彼のデスクは、私の隣だ。
「お疲れ」
作業の手は止めず、私はいつも通りに言った。いつも通りに、素っ気なく。
柴原も、いつも通りに「お疲れ、堺さん」と返してきた。それから防寒着を解いて席につく。私はそのタイミングを見計らって尋ねる。
「引き継ぎの話なんだけど、今しても大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫、ありがとう」
柴原は頷いて、にっこり笑った。
その瞬間、私は硬直してしまった。
刺さった。と思った。
柔らかい面差しが、和紙を折り畳むようにふわっと、くしゃっと形を変えて笑みを作る。けれど、その折り目の端々に、隠しきれない痛みの色が滲んでいる。そんな柴原の顔を見た瞬間、本当に、ほんの一瞬だけ、何かが胸に刺さったような錯覚に陥った。
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