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「向こうが何だ」晋太郎は聞いた。瑞輝の口から、相手の悪口が出て来るのだと思った。
瑞輝は少し透き通って見える瞳を晋太郎に向け、ほんの少しためらった。晋太郎がちゃんと聞くかどうか確かめているような視線だった。聞いてるよ、と晋太郎は思う。
「嫌だって思ってるから、俺も嫌なんだよ」瑞輝は口を尖らせる。「俺がいると怖がるから、俺だっておまえらと遊びたくねぇよって言ってやったんだよ」
「なんで怖がるんだ」晋太郎は冷静に言う。「おまえが迷惑行為をしたんじゃないだろうな」
瑞輝は晋太郎を睨む。「俺のせいじゃねぇ」
「何が」晋太郎はますます疑いを持つ。
瑞輝は立ち上がった。「俺のせいじゃねぇ」
晋太郎は逃げ出しそうな瑞輝の腕をつかんだ。「待てって。何の話だ。ちゃんと説明しなきゃわからない。おまえのせいかどうか、話を聞いてから判断する」
瑞輝はつかまれた腕を引っ張っていたが、しばらくして諦めた。
「怒らない?」と瑞輝が聞くので、晋太郎は苦笑いした。
「悪いと思っているから、そういうことを言うんだろう? 悪いと思ってるなら、俺が怒らないと思うのは、話がうますぎるんじゃないか?」
「だって、他の奴だって言うじゃないか、死んじまえとか、そんなもの壊れてしまえとか、嘘をついたら舌が腫れるとか。でもそんなこと、本当になったりしないのに」
晋太郎はじっと瑞輝を見た。「何か本当になったのか?」
「いろいろ」瑞輝はうつむいた。
「例えば、何を言ったら本当になった?」
「怒らない?」
「場合によっては怒る」晋太郎は正直に言った。「死んでしまえとか言うのは、悪いことだっていつも言ってるよな。そういうことは言ってはいけない」
「言ってない」瑞輝は訴えるように晋太郎を見た。
「じゃぁ何を言った?」そして何が本当になった?
晋太郎は待った。瑞輝が怒られないように言葉を探すのが手に取るようにわかる。少しでも誤摩化したいという気持ちが見える。それに少しだけイラッとする。
「そいつの兄ちゃんが野球で決勝に行ったって自慢するから、本当に嫌になるぐらい自慢するんだ。自分の事じゃないのに、自分が偉いみたいに。だから俺、決勝で負けるって言った」
晋太郎はすっかり落ち込んでいる瑞輝を見て、少しホッとした。「まぁ、いいことじゃないが、別におまえのせいで負けたんじゃないだろう。そんなことか」
瑞輝は唇を噛む。晋太郎はそういえば「いろいろ」って言ったよなと思い出す。他にもいくつかあるらしい。
「他には? そんなことなら怒らない。単なる偶然が重なっただけだ」
怒らない、という言葉は魔法のように瑞輝の口を軽くした。
「新しい自転車を買ってもらったって言うから、そんなに自慢してたら盗まれるって言ったら盗まれたんだ。あと、嘘ばっかりついてたり、人の悪口言ってたら口が腫れるって言ったら、次の日に腫れてた。神社の悪口も言うから、そういうことを言ってると山から神様が怒って来るぞって言ったら、そいつの家、大雨の時に木が倒れて来て窓が割れたんだって。だから俺が何か言うと、その通りになるって言うんだ。黒岩神社は怪しい神社だから、そこんちの子どもは呪われてるって。俺は別に神社の子どもじゃないのに」
「俺は神社の子だが、そういうイジメは受けた事がない」晋太郎は瑞輝を握っていた手を離し、腕組みをした。「俺はむしろ大事にされたぞ、昔からこの神社は、麓の村や町を北からの風から守って来たって言われてる。神社の周辺には雪が降って、麓には降りて来ない。だから比較的温暖な気候で、田畑の作物が豊作だって話だ。今じゃもう田畑も減って農作物の恩恵は減ったけど、山のおかげで病原体とかが入ってきにくいってデータもあるらしいし」
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