prologue

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「俺が来てから、変なんだってさ」 「誰が言ってる?」 「クラスの奴」瑞輝は悔しそうに言う。「俺とけんかした奴は、その後に風邪で休んだり怪我したりするって言うんだ」 「本当に?」  瑞輝はうなずいた。「言われてみたら、本当だった。でも俺がやったんじゃない」 「病気になれとか、怪我をしろと言ったか?」 「言ったこともある」瑞輝は小さくなって言った。「だって本当になると思わなかったんだ」  晋太郎は息をついた。 「言霊ってわかるか? 本気で言ってなくても、言葉には力がある。おまえがそういうことを言ったら、本人がそれを気にするようになってしまう。おまえは神社の子だから、そういう力があるってみんなが思ってしまうんだ」 「もう言ってない。喋らないようにしてる」 「別に喋らないようにしなくてもいいけど、人を憎むようなことは口にしない方がいい。それが全くの偶然であっても、おまえ自身がこうやって気になるんだろう?」 「違うんだ。前はこんなんじゃなかった。本当に。急に本当になるようになってきたんだ」  晋太郎はうなずいた。「気にしはじめたら、そういう気がするだけだ」  瑞輝は首を振る。「本当なんだ。前は、こんなことほとんどなかった」 「少しはあったわけか?」晋太郎は苦笑いする。「そういうのは偶然だよ」  瑞輝の目からポロリと涙が落ちて、晋太郎は少し驚いた。 「じいちゃんに、死んじまえって言ったら、死んだじゃないか」  晋太郎はじっと瑞輝を見た。瑞輝は涙を見られたのが恥ずかしいのか、慌てて部屋を出て行く。ついでに社務所を出て行く外扉が閉まる音も聞こえた。  晋太郎は深く息をついた。父の死は病死だった。体調を崩したと思ったら、全身がガンに冒されていて余命一ヶ月だと言われた。その宣告の半年後まで割と元気で、最期の二週間ほどを入院しただけだったので晋太郎としては長く苦しまなくて良かったと今では思えるほどだ。  瑞輝のせいではない。  晋太郎はゆっくり社務所を出て、上着を羽織り、瑞輝を呼び戻しに外に出た。瑞輝が行く場所はたいてい決まっている。本殿の裏にある古い楠のところだ。太い根がうねっていて、体の小さい瑞輝ならすっぽりと収まる空間がそこにあった。少しずつ瑞輝も大きくなってきて、もう根の間には挟まれなくなっている。それでもそこが今でも瑞輝の安全地帯なのだった。 「瑞輝」  太い根に腰掛け、両腕を組んで、じっと頭を抱え込んでいる瑞輝を見下ろして、晋太郎は持って来たジャンパーを彼の肩にかけた。ほんの少し顔を上げ、瑞輝が晋太郎を見る。  晋太郎は瑞輝の正面にある根に腰掛けた。腰掛けると言っても、それほど根は上には張ってないので、かがんだ位置に根があったというのが正確だ。本殿の裏は昼間でも薄暗いが、こうして夕方になると余計に暗かった。子どもの頃の晋太郎は、この裏山が嫌いだった。何かいる気がして怖かったのだ。瑞輝はそうではないらしい。彼は小さい頃から平気で裏山で遊んでいた。 「じいちゃんはおまえのせいで死んだんじゃない。そんなこと思ってたのか?」  瑞輝は首を振った。「思ってなかった。でも、今から考えたらわかる」 「わからない。おまえにそんな力はない。あのな、言霊ってのは、そんなに強烈な力は持ってない。おまえのじいちゃんぐらい強い人間なら、おまえの言霊ぐらい小指で返せる。おまえのクラスの奴らが病気になったり怪我したり、自転車がなくなったりだって、ただの偶然だ」 「偶然じゃない。俺がやったんじゃないけど、俺が言った通りになる」  晋太郎は呆れて首を振った。「偶然だ。おまえは起こりそうな可能性のあることを口にしただけだ。おまえが口にしたから起こったんじゃない」 「違うんだ。俺もそう思って、この前、実験してみたんだ」  瑞輝は覚悟を決めたように言った。もう隠してもしょうがないという顔をしている。 「実験?」晋太郎は少し戸惑った。聞くのが怖いと少し思う。 「俺がそういう呪われてるって言う奴らに、違うって証明しようと思って、そいつらが実験しようって言うのに乗ったんだ。それで岡島先生が明日遅刻するって言ったら、本当になったんだ」  晋太郎はショートカットの若い女性教師を思い出した。担任教師が遅刻するってのは、そりゃ珍しい事だろうが、皆無ではない。
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