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 電車に乗り、新幹線に乗り、また電車に乗り、地元の駅に着くまで、詩織は疲れて寝ているふりをした。あまり和田と話したくなかったからだ。  素直になついて行ける和田が羨ましかった。それと最後に握手をさせてくれたお礼もしないといけない。できて良かった。でもそれを和田に言うのが恥ずかしかった。今回は和田には、いろんな失態を見せてしまった。和田はステージに呼ばれたりして格好いいところばかりなのに。  地元の駅を出て、和田は「じゃぁ明日」と言った。 「いつ引っ越し?」  詩織は聞いた。 「三月末。部屋の契約がそこまでだから」 「あと三週間ぐらい?」  康介はうなずいた。「そうだね」  詩織は目を伏せた。「なんかあの人、同窓会、すっごく楽しみにしてたね。スーツ着ちゃったりして」 「あの人? 入間さん?」  詩織はうなずく。「浮かれてた」 「そうかな…」 「うん」詩織は顔を上げた。「うちのクラス、割といいクラスだと思うよ」  康介は彼女を見た。「ありがと」  詩織は微笑む。なんで和田が感謝するの。 「私たちもさ、三年後とかに、また会いたいね」  康介は黙って詩織を見つめる。 「和田、たまには帰ってくるでしょ? お父さんのお見舞いとかで」  康介は駅から見える町を見た。あんまりきれいじゃない電柱とか、それぞれの趣味を出した結果、まったく不揃いになったマンション群とか、突然現れる小さな公園とか。節操のない看板、狭い空、そして自動車の排気ガスと電車の音。消防車や救急車のサイレン。信号機の間抜けなメロディ。どれもが自慢できるものでもないのに、何となく愛しい。 「わかんない」  康介は彼女を見た。本当はたぶん、もう戻らない気もする。父は転院するだろうし、自分はそうなるとこの地に何の縁もなくなる。でもそれは今は言えなかった。 「私、和田にいろいろ教えてもらった気がするから、いつかまたお礼がしたいと思って。和田が帰ってきたときに友達集めるとか、同窓会の幹事するとか、わかんないけどできることをするから、帰ってくるときは連絡して」  康介はうなずいた。でもお礼はもうもらっているんだと思った。彼女を巻き込んだつもりで巻き込まれ、彼女を守るつもりで守られた。自分の強さも弱さも受け止めることができた。 「受験、頑張ろうね」  彼女が言って、康介は「そうだね」と答えた。  彼女と別れ、家に帰る道々、康介は残りの日々を本当に大事にしようと思った。きっと彼女と過ごす日々はこれっきりだと思うけど、彼女を好きになったことへの後悔はなかった。真っ直ぐで、でもちょっとおっちょこちょいで、策略に乗せられやすくて、でもわかってても乗っちゃうような性格で。悲しんでいる人を放っておけず、それでいて自分の気持ちを表現するのはとても不器用で。強くて脆くてしなやかだった。笑うとたまーにえくぼが出る。それを本人は知っているのか知らないのかわからないけど。  何を企んでるの?と見つめられると、思わず白状しそうだった。  康介は小さく笑った。  昨日まで、親戚の家に行くしか選択肢がないことを康介はほとんど諦めに近い気持ちで受け入れていた。今は違う。本当はいつでも新しい道が待っている。未来は塞がれて行くのではなく、ちゃんと開けるものもある。あとは自分がドアを開くかどうかだ。  父はドアを開くのをやめてしまった。母はきっと康介とは違うドアを開いたのだろう。  中森さんはきっと求める世界が広がるまで、バンバンドアを開くタイプだろうな。康介はそう思ってまた少し笑った。間違っちゃった、和田、助けてよ、と悲壮感なく頼ってくる彼女を想う。  僕は僕で、ちゃんと道を進もう。そして彼女に告げよう。  本当は君が転校してきた日からずっと。
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