5 盗人の金

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 俺は食べ終わったラーメンのどんぶりをプレートに乗せ、そのプレートの隅の方に割り箸を置いた。そして、それを持って席を立った。  自然な様子で例の男の方に歩いていくと、さり気なく割り箸を一本落とす。どうせ黙っていたら拾ってくれないだろうから、「すみません、拾ってください」と声をかけた。  男は表情一つ変えず、小さく「あ、はい」と言い、体を屈めて箸に手を伸ばす。男が体勢を戻して箸を返してくれるまでに、財布を盗むことなど容易かった。 「ありがとうございます」  俺は箸を受け取ると、笑顔でそう言った。男はふてくされたような顔で、少し頭を下げるような仕草をした。  俺はポケットに財布を入れたまま、悠々とフードコートを立ち去った。  格が違う、と思った。普段から何も考えずにぼーっとしてる奴と、俺のように頭を使う奴とは、天と地ほどの差がある。前者は、自分が一番能力があると思い込み勝手に浮かれているが、俺からすればここまで愚かなことはない。  親から金を盗んだくらいで調子に乗るあの男も同類だ。俺はあんな奴らとは違う。世の中には馬鹿な人間と、馬鹿を利用する人間がいる。そして俺は、自分が後者であると信じていた。
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