赤い花

2/13
60人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「亜里、僕は去るものは追わない主義だ」  筆を動かす音が沈黙を掻き消すように聞こえた。先生がパレットをカシャカシャと動かしながら、キャンバスに色を乗せていく。あまりにも普通過ぎて、今日は良い天気だねといつものように会話するみたいに伝えられる。  先生がこんな人だってことは何となく分かっていた。どこまでも受け入れるのに、直ぐに手放せる。そんな人だ。  言葉が見つからない。私は返事をすることもできずに外を眺めた。赤い椿の花はいつでも綺麗だ。  こんな時なのに、先生が好きだって気持ちが溢れてくる。最後にしようと決めたのは自分だ。この部屋に来るのも、先生の前で背中を晒すのも最後にしようと決めたのも自分だ。それなのに、もう後悔している。先生と離れることが耐えられないって。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!