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金木犀が咲くころ
ここら辺では珍しく大きな公園があって、季節ごとに違った花が咲く。遊具場もあれば野球場もあり、テニスコート、ゲートボール場まで併設されているから小さな子供からお年寄りまで男女問わず賑わっている。先生のアトリエに行くにはこの公園を横切る方が早かった。
丁度、テニスコートの側道を歩いていた時だった。むせ返るほどの甘い香りが鼻をくすぐった。金木犀の季節がくる。おばあちゃんが死んでもう5年経つんだと、無意識に思った。金木犀と祖母はセットなんだって思う。金木犀を見れば祖母を思い出し、祖母を思い出せば、必ずどこかに金木犀が出てくる。
おばあちゃんは可愛い人だった。優しくて、お茶目で、女性らしい人。小さい私に初めて金木犀を教えてくれた人。母は自由人な祖母を嫌っていたが私は大好きだった。
おばあちゃんはよく買い物の帰りに、安田神社の境内を通って帰路につく。私は小さな頃からおばあちゃんっ子で、いつも着いて回っていた。あれは私が小学校に入る前ぐらいだったと思う。安田神社を通って、金木犀を祖母と一緒にみたんだ。
”亜里ちゃん、こっちおいでよ。金木犀が咲いている”
安田神社の境内に咲いている木の傍で立ちどまった。
”金木犀?”
”そう、ほら良い匂いがするでしょ?”
そう言って、おばあちゃんは私を抱っこして金木犀の花に近づけた。近づかなくとも十分に甘い香りはしていたが、近づくとその匂いはより濃くなる。
”ほんとうだ。いいにおいがするね、おばあちゃん”
”亜里ちゃん、お花をよーく見て。小さなかわいいお花がいっぱいついてるでしょ? 私は、このお花が小さなお舟になってるところを見たの”
おばあちゃんは、そっと私を地面に下ろした。
”小さなお舟?”
”昔ね、あるひとが私にその花を手折って持ってきてくれたの。その花を私はお皿に生けたのよ。金木犀の花は、時間がたってお皿に張った水辺にはらはらと落ちた。でね、その花が水辺に浮かんで、まるで小さなお舟だって思った”
おばあちゃんは金木犀の香りの中でクスクスと笑った。いつものおばあちゃんじゃない気がして、違う人みたいだった。それでも幸せそうに話すおばあちゃんは綺麗だった。5年前に亡くなった時も、この匂いが立ち込める季節で、おばあちゃんはこの花に連れていかれたんだって思った。
金木犀はおばあちゃんの花だ。
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