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プリン愛
「亜里、先に行ってるよ」
派手なピンクの頭と七色のワンピースを着こなした妙ちゃんが、我慢できないとトイレに駆け込んだ。私は、うん、そこで待ってると急ぐ妙ちゃんに合図して、受付でパスポートを受け取った。
うちの美大の教授は自分の作品が展示してある美術展に生徒を行かせ、毎年、レポートを書かせる。職権乱用だと思われるこの行為は、恒例行事で、何かと権威のある教授だから公認の宿題だった。このレポートを落とすと卒業できないのだから、毎年、多くの美大生は足繁く美術館に通い、レポート用紙5枚を提出するのだ。
妙ちゃんは、同じ大学の同級生で、入学した頃から仲良くしていた。初めで会った時は、彼女の頭は真っ黒だった。それが夏休みが終わったころ、ピンクに染まっていた。服装もなんか七色が好きで、どこかしらちかちかしていた。周りの人たちもポツンポツンとそんな人がいたから、別に不思議なことではなかったが、芸術を愛する人は、自分を表現することに躊躇しないのだと思わせる。私は派手な格好はしないが、その気持ちはよくわかるので、彼女が清々しく思えた。
ここに辿り着く前にトイレトイレと連呼していたそんな彼女を、私は展示場の入り口のところで待っていた。行き交う人は、見たことのある学生が多い。知り合いも何人もいて、その度に手を振る。
「亜里、ごめんね」
手をハンカチで拭きながら妙ちゃんが戻ってきた。私はほっと胸を撫で下ろす。この中途半端に目立つ場所で待っているのが気まずかった。
「いいよ。それより、これ」
私は、妙ちゃんの分のパスポートを渡した。妙ちゃんはそれを首に掛けながら、これダサいねとぶつぶつ言っていた矢先だった。突然、私の後ろを指さし大きな声を出した。
「亜里! 見て見て! これ亜里と同じだよ!」
「え?」
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