40 探し求めていたもの

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「糞餓鬼ども、こんにちは。今日はお身体を頂戴しに参りましたよ~」  ――薄気味悪い笑みを浮かべた娟々(エンエン)が、扉を蹴破って立っていた。  喉が締め上げられるような錯覚に陥り、呼吸が出来なくなった。身体が熱くなり、汗が噴き出す。身を強張らせている間に、娟々と、彼の背後にいた九垓(クガイ)が、大股歩きで家の中に踏み込んできた。  怯えた桜蓮(ユンレン)に、彼らはためらいなく近づいてゆく。その後ろ姿を見つめてから、刀刃(ダオレン)は、はっとした。 「やめろ! 妹に手を出すな!」  咄嗟に叫んで、妹の傍に駆け寄ろうとしたが、九垓の太い腕で一薙ぎされて、刀刃は壁まで吹き飛ばされた。背中を打ち、目が回る。胃液が駆け上ってきた。歪む視界の中、桜蓮の甲高い悲鳴が空気を切り裂く。 「桜蓮!」  痛む身体を起こすと、桜蓮が娟々に担ぎ上げられているのが見えた。娟々は洗濯物でも取り込むかのような、気さくな仕草で桜蓮を肩に担ぐと、そのまま家を出て行こうとする。 「待て! 桜蓮をどこに連れてくんだ!」 「どこかなんて知らないよ」娟々は白い唾を吐き捨てた。「これから売るんだから」 「売――」 「死にたくないなら、そこでぴぃぴぃ泣いてな。お前みたいな貧相な男の身体に興味はないから。妹の身体で借金をちゃらにしてやるんだから、ありがたく思って欲しいよ」 「待って! 待ってくれ! 待ってください! 桜蓮だけはやめてください! お願いします!」  刀刃は声を枯らして叫び、娟々を追いかけた。  自分のすべてをかけて、妹を守り続けてきたのだ。最愛の存在だった。おぼろげにしか覚えていない両親の忘れ形見であり、そして、唯一の親族であり、刀刃の何よりの宝物だ。桜蓮が笑ってくれるのならば、刀刃はどんな地獄でだって生き抜いてゆけるという気概があった。桜蓮をも奪われることは、耐えきれなかった。  必死に叫ぶ刀刃の首根っこを、九垓の隆々とした腕が掴み上げる。衣の襟が喉に食い込み、刀刃は声にならない悲鳴を漏らした。 「うるせえ餓鬼だねえ」娟々が眉を寄せる。「面倒くさいから、腕や脚の一本や二本、折っていいよ、九垓」 「やめて!」桜蓮が取り乱して、泣きながら叫んだ。「兄さんに酷いことしないで! 私を連れていくんでしょ! ならそれでいいじゃない! 兄さんに何もしないでよ!」  桜蓮は懸命に叫び、不意に、発作のように咳き込んだ。咳を繰り返しながらも叫び続けるので、声が掠れて切れ切れになっている。その声音が、刀刃の胸を鋭く切り裂いた。 「桜蓮! 桜蓮を離せ!」 「九垓、その餓鬼をとっとと黙らせろ!」  刀刃の身体が宙に浮いた。膝から床に激突し、刀刃は崩れ落ちる。すぐに、九垓のごつごつとした手のひらが、刀刃の細く骨ばった右腕を掴んだ。 「や、やめ……」  ばきり。  ありえない方向に腕を曲げられて、刀刃は悶絶した。床を転がり、喘ぎ、泣き叫ぶ。身体が勝手に震え、力が入らない。しばらくの間、刀刃は痛みに暴れていた。唇を噛み締め、口内に滑り込んだ血の味にむせる。
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