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「桜蓮……」
ややあって、ようやく顔を上げれば、家の中には誰の姿もない。
刀刃は震えながら立ち上がると、蹴破られた扉から外の土道へと出た。桜蓮のか細い悲鳴が聞こえ、顔を向けると、遠くに見える建物の角の向こうに、娟々たちが消えて行こうとしているところだった。
見て見ぬふりをする――そんな選択肢は、刀刃の頭には影もない。
「桜蓮!」
見失わなかったという一抹の安堵と強い緊張を覚えながら、刀刃は駆けだした。身体の軸が安定せず、転がりそうになりながら、前のめりで走る。
「助けて! 誰か助けてくれ! 桜蓮が、桜蓮がさらわれる!」
腹の底から叫びながら、刀刃は胸を強く締め上げられる心地に陥った。
――助ける?
誰が? 誰が助けてくれるって言うんだ?
誰かに助けてもらえるようなことを、自分はしてこなかった。
誰かを騙し、金を盗み、汚れたことばかりをして、生きてきた。
自分に親切にしてくれた水狗からでさえ、浅ましく金を盗んだのだ。
でも。それでも、桜蓮は、違う。桜蓮だけは、違うのだ。
自分のことはもういいから。
桜蓮を、助けてくれ。
強く願いながら、刀刃は角を曲がる。そうして、鼻先を広い背中でぶつけそうになった。息を呑み、立ち止まれば、目の前に、娟々と九垓が立ち往生している。
道を塞ぐように、青年が立っていた。
「久しぶりだね、糞餓鬼」
娟々が憎そうに言い放つ。
彼らの目の前に立っていたのは、水狗だった。
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