#302

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「今夜、付き合ってよ。」 キミからの突然のメッセージ。 その呼び出しに性懲りもなく俺は今夜も街へ繰り出した。 「もう一軒いこー!!」 「呑み過ぎやって。」 「まだまだ!ほらっ!こんなに元気!」 ぴょんぴょん弾むキミ。 真っ赤な顔をして。ウソつき。 「帰ろ。今日はもう呑まん方がええ。」 「いーやー!あ!ねぇ!カラオケ行こうよ!」 急に思い立ったように人差し指を立て可笑しな提案をする。 「は?」 「歌いたい!歌いたい!ね!行こう!」 「勘弁してや・・・」 俺の腕にしがみ付き、ぐいぐい歩を進めるキミ。 ため息を吐きながらも、内心ではキミとの時間がまだ続くことに頬を緩ませていた。 そんな下心がこの腕から伝わらないか、内心ドキドキしながら。 小さな公園を抜け、商店街に入ると、昼のシャッター街が嘘のように派手な電飾に街は包まれる。 目指すは人気のないような場末のカラオケ。 「こんなとこにカラオケなんかあったんや。」 「え?はじめて?」 「うん。」 街中の派手な電飾に更に輪を描いた様に派手な装飾。 良くも悪くも品の無いその佇まいが、東京とはいえこんな外れの街には良く似合っていた。 「この辺りじゃここくらいしかないよ。後は車で移動しないとねー」 そう言いながらフラフラと店の中へと入ってゆく。 「何名様ですか」 「二名でーす!」 「お時間は?」 「んー・・どうする?!」 「なんでもええよ。」 「じゃあ、朝まで!」 「フリータイムで。302号室です。」 まるでやる気のない店員がぶっきらぼうに部屋番号を告げる。 そんなとこもこの店には相応しく見えるから不思議だ。 「ドリンクバー寄ってこ!」 そんなことも気にせずに相変わらずテンションの高いキミ。 「ねぇ、これってアイスも食べられるのかな??」 「カップないな。」 「うーん、じゃあここに入れちゃおっ」 そう言うとジュースが注がれたグラスの上に豪快にソフトクリームを捻り出した。 「あーあ。」 でろんとグラスの縁から身を乗り出すソフトクリーム。 「いいのいいの!さっ部屋にいこー!」 全く気にしないところ。 ほんと相変わらずだよな。 迷路のように入り組んだ通路を進むと、徐々に部屋の番号に近付く。 「300、301・・あった!!」 嬉しそうに部屋を指差すキミ。 まるで子供のような表情に思わず笑いが零れる。 「ほら、はよ入りぃ。」 いつまでも扉の前ではしゃぐキミをそう促し、二人きりで部屋に入る。 「ねぇ!あれあれ!あれ歌ってよ!」 部屋に着くや否や、そう急かすキミ。 「なんやねんあれって。」 「ほらっ、学生の頃流行ったやつ!」 「はぁ?知らんし。」 「知らない訳ないでしょー!同級生なんだからっ」 「学校ちゃうやんけ。」 「あぁーもうっ!あれ!ジミーの愛言葉!」 「・・あぁ。」 キミが提案してきたのはまさかのラブソングのド定番のナンバー。 「あのさぁ、サビが最高にいいよねぇ~」 今これを歌うのはいかがなものか。 そんな俺の気持ちとは裏腹に、キミはリモコンを手に早々に曲を入れた。 前奏が始まり、マイクを握る。 聞き慣れたイントロが耳に流れてくる。 そういえば、キミとも何回か一緒に聴いたっけ。 出会ったばかりの時のことを思い出す。 「奈良美咲です。」 人懐っこい笑顔で新入社員の列に並び自己紹介をする同期。 当時、地元から単身東京に出てきた俺。 慣れない土地に戸惑いながらも精一杯やってる時、美咲の明るい性格と笑顔に何度も救われた。 「シュウも知ってる??ジミーの愛言葉!」 「おん。流行ったよな。」 「そうそう!青春そのもの!」 「分かるわ。」 同期で同じ年の美咲とは自然と仲良くなって、共通の話題を見つけては二人で盛り上がった。 言葉にしなくても伝わる君と僕の愛言葉~ 聞き慣れたフレーズにメロディーを乗せる。 さっきまでの騒がしさが嘘のように真面目に聴き入るキミ。 でも、今この歌を聴いて想いを馳せているのはきっと俺との思い出じゃないって分かってる。 「急に静かになったらキモいやん。」 「キモいってなによ!」 キミの笑顔を取り戻してホッとする。 「ほら、次美咲の番。」 「うん。」 スッとリモコンを受け取り迷いなくナンバーを打ち込むキミ。 流れ出したイントロは、また知っているものだった。 「アリサのRemember me.か。懐かしいな。」 「でしょ?」 振り返りニコッと笑うキミ。 どうしてこの曲だったのか。 とんでもなく選曲ミスだろう。・・なんて。 聞きたいけど、聞けるはずもない。 いつかあなたの中から私が消えてしまっても・・・ サビ前のフレーズはかき消されるように薄れ、代わりにキミの泣き声がこだました。 だから嫌だったんだ。こんな歌。 すすり泣き小さく肩を揺らすキミ。 そんなキミを救い出す言葉も言えなくて、小さく謝るキミの肩を静かに抱いた。 「ごめんね・・・」 「ええよ。」 俺の右肩がキミの涙で濡れる。 アイツのために流す涙だって知ってる。 本当は俺だってズルいんだ。 分かっていたのに、キミを止めることが出来なかった。 それは俺の甘えだ。 静かに存在を示す防犯カメラを遮るように俺は背を向けると、キミの赤い頬に流れる綺麗な涙を指で掬った。 「俺がおるやろ。」 「えっ」 そして、ふと顔を上げるキミにそっとキスをした。 キミが困るのも分かってるのに、本当にズルいことをしているよ。ごめん。 でも、例え誰かの代わりでも、いいと思った。 今目の前のキミが、今この瞬間だけでも俺だけを必要としてくれるのならば。 キミの涙で濡らすのは俺の肩だけでいい。 その涙を拭うのは、俺だけでいい。
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