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これをあとたったの十八回繰り返せばいいだけのこと。 間に合う。 助けられる。 誰も死なせずに。 間に合う、間に合うんだ、間に合わせるんだ。 あぁ、早く、急いで、結び目が固すぎた、ごめんなさい。 さぁ、次の子、良かった、あと二人。 間に合った。 間に合った……! 心の中で唱え続けながら、実際には、大丈夫、頑張って、気を付けてね、と声を張りながら、残るはクラスでいちばん体格のいい男子二人のみとなった。 体格のいい者同士、どっちの方が強いのかなどという子供らしい喧嘩も耐えなかった二人だったが、どちらが先に行くのか一瞬顔を合わせた後、 「お前、先に帰れよ、三才の妹、足悪いんだろ?助けに行けよ」 坊主頭の男子が真剣な目で言いながら、もう一人の少しキザな風貌の男子の腰にカーテンを結び付け始めた。 「ごめんな……ありがとう……」 「いいから早くしろよ」 しかし二人が友情を確かめ合い空気がほんの少し緩んだのも束の間、ふいに廊下の灼熱が扉を破って猛烈な勢いで室内を侵食し、一瞬にして一面が煙に包まれた。 「行け!!」 と押し出されて地面に降り立った男子が「じゃあな!!」と叫んで駆け出し、回収したカーテンに、残る勇敢で心優しい坊主頭の男子を結び付けると、 「最後までありがとう。気を付けて帰るのよ」 先生は微笑んで抱きしめてから、彼を窓の外へと送り出した。 誰もいない真っ暗な二階の教室、数は減ったものの未だ降り注ぎ続けている砲弾、着弾による轟音と振動、炎と煙、それらを覆い隠すかのように勢いを増していく真っ白な雪。 あとどれぐらい、もう地面に着くはず、早く、頑張って。 と、その時、背中を焼き尽くしそうな勢いの熱波が、一人で必死に命綱を握り締め、引っ張り支え、ゆっくりと降ろしている彼女を襲った。 しかし、この手だけは絶対に離すものかと気丈に歯を食いしばり、掴む感触がやがてカーテンからその端の結び目、そしてマフラーへと移った時、炎も上げずに化学繊維が溶解し次々にちぎれ引き裂かれ始め、あ、と思った時には、一瞬でマフラーはカーテンとは決別し、彼女と運命を共にする道を選んだ。 反動で床に倒れ込んだもののすぐさま窓へと駆け寄り男子の安否を確かめると、尻もちをついて痛がってはいたがすぐに立ち上がったので大事は無さそうだった。 ほっとして、 「早く帰りなさい!!」 と叫ぶと、 「先生は!?先生はどうするの!?」 男子生徒が叫び返した。 「私は大丈夫!!なんとかするから!!いいから早く!!」 熱い。 背中が、足が、頭が、全身が。 息が苦しい。 目が痛い。 もう、立って、られない。 男子が不安げながらも力強く頷いて走り去ったのを見送ると、彼女は崩れ落ちた。 充満する一酸化炭素は炎の熱よりも先に容赦なく彼女から呼吸を奪い、朦朧とする意識の中で、しびれ震える両手をかろうじて首元へと動かし、手に残ったマフラーと共にネックレスを再び握り締める。 みんな、助けた。 一人も、死なせなかった。 みんな、どうか無事に着いて。 お父さん、お母さん、私、これで、許してくれるかな。 本当に、ごめんなさい。 もうすぐ、会いに行くから。 怒らないで、私、これでも、頑張っ、た、ん、だか、ら。 頬を伝う涙も一瞬で蒸発させる灼熱は、やがて鉄筋コンクリートの骨組みまでも溶かし始め、数秒後、突然に校舎は轟音を上げて崩壊した。 幾つかのマフラーの切れ端が、その風に煽られて空高く舞い上がり、高く高く雲の上を目指すように消えていった。 終
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