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今ここに十九人の生徒たちの全ての声、言葉を拾い上げている猶予は無い。 壁越しにでも既に熱を感じる程に、炎はその勢いを増して押し迫っている。 可能性。 そう、少しでも生き延びられる可能性を考えなければ。 先の大震災で実家を失った彼女は、後に生き延びた近隣の住民から伝え聞いた、自分の両親が最後まで家の中の何かを守ろうとして戸内にとどまったせいで倒壊した家屋に押し潰されて命を落とした、という話を思い出し、首元の少し高価なネックレスを握り締めた。 瓦礫の下で折り重なるように圧死し発見された両親は、二人でこのネックレスを握り締めていたという。 三年前、教員に採用が決まったお祝いにと両親が買ってくれたものを、正月休みの帰省時に忘れて帰り、失くしたと思って泣きながら電話したのを、今度来た時に着けて帰ったらええ、と笑っていた母の声。 都心から特急や在来線を乗り継いで片道六時間もかかる片田舎に、大事なものだから自分で取りに行くという約束などせず、郵送でも良かったのだ。 それならば二人は家の中にとどまることなど無かったであろう。 自分がこれを忘れたせいで。 自分のせいで。 あぁ、そうだ、だから今、繰り返してはいけないのだ。 自分がこのまま手をこまねいていれば、この十九人の子供たちも、自分のせいで全員が死ぬ。 無残に、生きたまま炎に包まれ、煙にまかれ、泣き叫びながら、二度と家族に会うこともできずに。 もう二度と自分のせいで大切な人を殺しては駄目。 子供たちを、守らなければ。 彼女は両の手でネックレスをことさら強く祈るように握り締めながら、教壇へと登り真っ直ぐに立つと拳を開き机上に張った。
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