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私は、何にも染まらず生きていく彼を羨ましいと思っていた。
いつまでも少年のようにキラキラとした瞳でいてほしかった。
しかし、彼は『虚像』だった。
彼は何者にもなれていなかった。彼はその現実を受け入れていなかった。
そして、私もまた受け入れたくなかった。
『普通』になっていく私は、彼に理想を託していた。彼だけは違うと信じていたかった。
もっと単純に考えればよかったのかもしれない。
歪んだ理想を押し付けるんじゃなく、ただ「好きだ」と言えばよかったのかもしれない。
普通の恋人同士ならば、こんな運命にならなかったのかもしれない。
こんな状況になって気が付いた。
倒れている彼に向かって、その言葉を伝えようとした。
しかし、声が出なかった。
言えなかった言葉は、白い息になって消えた。
流れる涙は、すぐに冷たい空気に冷やされていった。
目を閉じると少しだけ楽になれる気がした。眠りたかった。
夢の中でなら、『虚像』ではない彼は何にも染まらない少年の瞳で輝いているから。
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