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ちいさきもの
住宅街の片隅に、ぽつんとたたずむ小さな公園。
冬の風が、ブランコやすべりだいの間をつるつると吹き抜ける。
まだ五時だというのに空はもう暮れかけて、おっかない青色でこちらを見ていた。
そんな公園のすみっこに私は座り込んで、せっせと餌を巣に運び込む蟻を、ただぼーっと眺めていた。
それ、楽しいかい?と聞かれても、困ってしまう。
私だって、どうしてこんなことをしているか分からないのだ。
ただ、黒い点々が一列に並んで、もぞもぞと愉快そうに動いているのを見ているとなんだか、もうちょっとだけ見ていようかなーっと、そんなことを思ってしまうのだ。
そんなふうに私が蟻の行列を眺めていると、突然背後から声をかけられて、私は驚いて振り返った。
「なにしてるの?」
そう言い放ったのは見知らぬ男の子で、まだ新しそうな黒色のランドセルを背負い、もこもこのジャンパーを羽織って、とても温かそうにしていた。
男の子は私の隣まで来ると、私と同じようにヨイショとしゃがみ込んだ。
立っていると大きく感じたが、座ってみると私と同じくらいの背たけなので、どうやら同い年くらいみたいだ。
「やっぱり、外は寒いね。まだ手がビックリしてるよ。」
そう言って男の子が可愛らしくへへへと笑うものなので、私は
「手がビックリするわけないよ。」
と言ってケラケラ笑った。
男の子は少し微笑むと、寒いねー。と言った。
私もつられて、寒いねー。と言った。
「あ、見て。」
そう言って男の子が指差した先には、自分の体ほどもある綿毛をてこてこと運んでいる蟻がいた。
「綿毛だ。」
「もこもこで、蟻のマフラーみたいだね。」
私がそう言うと、男の子は目を丸くしてこちらを見てきたが、暫くすると
「蟻がマフラーするわけないよ。」
と言って、ころころと笑った。
私も、あははと微笑んだ。
暫く笑って男の子がまた、寒いねー。と言うものなので、私もまたつられて、寒いねー。と言った。
するとそのとき、秋の残り香をまとめて吹き飛ばすような、カチコチに冷えた冬の風がびゅっと吹いた。
「あ。」
と言って男の子は立ち上がって、続けてこう言った。
「冬が来る。」
もう冬だよ?と私が訊くと、男の子は曖昧に微笑んで、
「春になったらまた会おう。ばいばい。」
と言って、走ってどこかへ行ってしまった。
離れていく男の子の後ろ姿を眺めていると、一人になっちゃったね。とでも言いたげに、冷たい風が私を茶化して耳元を通り過ぎる。
気がつくともうそこに蟻はいなくなって、私は一人公園のすみっこでぶるると震えた。
すると今度は、固まった私の耳に覆い被さるように、ふわふわの布が私を包んだ。
お母さんだ。
すぐに分かった。そのマフラーから、おうちの匂いがしたからだ。
「何をしていたの?」
お母さんの言葉は、温かかった。
「蟻を見ていたの。」
「一人で?」
「ううん。」
いつしか私はお母さんに手を引かれ、帰路についていた。
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