君は彼

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*** 「ンフフ、大袈裟に驚かず、冷静な対処。そして、状況把握の為に初対面であろうと話を聞こうとする姿勢……あぁ、まさしくあんさんは彼。もうこの状況だけでわっちは満足どす」 「さいですか」  嬉しそうな笑みを浮かべてばかりの着物の彼女に対して、(かけい)は盛大なため息と共に呆れかえった言葉を返す。  自慢の足で走って逃げても、カバンを振り回して追い払っても、終始笑顔でついてきた彼女を振り払うのは物理的に絶対に不可能だと察した筧は。諦めて、背後にふわふわ浮く彼女を連れたまま帰宅した。  存在を無視していつも通りに部屋に入ってみれば、当然のように彼女は筧のベッドに腰かけた。色々と突っ込みたいが、足のない彼女を見ているだけでそんな怒りはどこかへいってしまうので変わりにため息を吐いた。  彼女は鼻をひくつかせながら部屋を見渡し、腰かけた傍にある枕に鼻を寄せ「……ふむ、ウフフ。あぁ、彼の匂い……」と恍惚に瞳を潤ませ溜息を漏らした。 「ちょ、ちょちょ! 何やってんのマジで、何なのさお前!」  思春期の男子高校生にとってその行動は流石に恥ずかしく、急いで枕を取って彼女から距離を離した。  彼女は首を傾げると「フェロモンの確認やけど?」と不思議そうに返してきた。 「フェロモン? ハァ? もう本当なんなのっ」  言いながら筧は彼女から視線を逸らす。  足はないが、どうやらそれは見えないだけなようで。彼女が座った際に着物に出来上がる皺が彼女の美しい尻や太もものラインを艶めかしく表現していて、筧にはそれだけでも十分刺激が強かった。  それに、座ったことによりただでさえ(はだ)けていた着物の胸元が彼女の谷間を露わにして色々無理、という状態に陥っていた。 「あぁ、せや。説明せんとならんね。まぁまぁ座って」  思い出したように、ポン、と両掌を合わせると、彼女はベッドの端により隣に腰かけるよう筧に促した。  それに対し筧は首を横に振り「いや、いい。ここで聞く」と枕を抱きかかえたまま向かい合った場所にそのまま胡坐をかいて座った。 「あら、そうなん? せっかくベタベタしたかったのに……」  残念そうに顔をしかめる彼女に筧がすかさず「幽霊だから触れねぇだろうが」と突っ込んだ。  すると。「そんなことあらへんよ?」と彼女は微笑み、ふわっと浮き上がり筧の目の前に舞い降りた。  ふわっとした柔らかみのある感触が頬に当たる。 「わっちは、幽霊やない。()()の存在やから、ただふわふわうろついとるだけの幽霊やらとは違うんよ」  にっこり微笑んでいるのに、細められた瞳は真っすぐと筧の瞳を覗き込み。  筧の頬に触れていた手が、するっと耳の方へと滑り耳たぶを撫でた。  ぞわ、とした背筋をのぼる言葉にできない感覚に、筧は「うわああ!」と声を上げ右手を突き出した。 ふに  柔らかい。それは、とても柔らかくて触り心地のよすぎる感触で。 「あらまぁ、大胆」  嬉しそうな声に、筧は自分が触ってしまった箇所を時間をおいて自覚し、カーっと全身に熱い血が駆け巡った。 「ああああああああごめんなさいいいいいいいい!」  筧の絶叫が、部屋中に木霊した。
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