注文の少ないレストラン

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 昼飯時を大分過ぎているにも関わらず、店の前には長蛇(ちょうだ)の列ができていた。ここは少し変わった料理店として最近話題になっている店である。なんでも、テーブルマナーやドレスコードを気にせず、気軽に高級フレンチが食べられるというのだ。  佐藤はこの列に並んでいた。無地のTシャツにジーパンとサンダルという、この店のコンセプトに合致(がっち)したいでたちであった。この店へのある種の敬意の現れとして、こういった格好をしている者も少なくなかったが、彼の場合は違う。むしろ、この店のもう一つの売りが気に入らなかったのだ。  その売りというのは、全自動というものである。この店には店員がいないのだ。料理も食器洗いも機械が行う。佐藤は料理人の一人として、その料理の質に懐疑的であったし、誰もが口を(そろ)えて『本格的だ』等とおだてる様に吐き気を(もよお)していた。その様な店に金を落とすのは気に食わないので、これまでここに足を踏み入れる気など全く起きなかった。しかし、最近になって事情が変わった。彼は職を失ったのだ。  彼にとってそれは、特別珍しいことでもなかった。毎度問題になるのは佐藤の腕ではなく、性格だ。彼は料理の腕の割りに自己評価が低く、自分ができる事は誰でもできると思っている節があった。自分でもできる事を他人ができていないと、怠慢(たいまん)だと感じてしまうのだ。彼自身が大っぴらに他人を非難することは無いものの、言葉や表情の端々(はしばし)ににじみ出る彼の思想に、周囲の人間は耐えられなくなっていく。そうして幾度(いくど)目かの失業により時間をもて余した彼は、この行列にたどり着いたというわけだ。  長い待ち時間の後、佐藤はついに店内に足を踏み入れた。開きっぱなしの自動扉を入ってすぐに券売機のようなものがある。牛丼屋などで見られる広いボタンの安っぽい代物だ。違うのは、その横に電子レンジのような白い箱が付属している点だ。どうやらこの機械は料理の自動販売機のようだ。ボタンを押すと、その料理が横のレンジから出てくるという仕掛けらしい。  ブイヤベースやエスカルゴ、(かも)のコンフィなど、おなじみのメニューが並んでいる。この中で佐藤は『季節の野菜とベーコンのキッシュ(*)』を選んだ。キッシュは時間をかけ、仕上がりの様子を見ながら何度かに分けて加熱を行うことで質が上がる料理だからだ。彼は、ここに食事を楽しみに来たのではない。この機械とやらがどの程度の料理を出してくるのかを見極めるため。いわば偵察(ていさつ)のために来ているのである。  彼の横では先ほどから、客が中腰になり、レンジの中をじっと見つめている。その眼は、台所に立つ母親の手元を(のぞ)き込む少年のように輝きに満ちている。佐藤はその様子を冷ややかに見つめていた。どうせ機械がやることなのだ。大したことはないだろう。このような小さな箱の中で何ができるというのだろうか。せいぜい、出来合いの冷凍食品を解凍するのに毛が生えた程度のことだろう。出す音もまさにレンジそのものだ。大人にもなってそれを胸を膨らませて眺めていられるなんて、ある意味うらやましい。 <注釈> *キッシュ―卵と生クリームを使って作るフランスの郷土料理。 パイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉や野菜を加えて、チーズをたっぷりのせオーブンで焼き上げる。
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