キャンバス

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キャンバス

作品展が近いから誰かが休憩と言わなければずっとキャンバスと向き合うのに 集中力がないと延々と時間だけが過ぎて いらいらしてくる。 焦り、不安、葛藤・・・・ 心はどんどん表情を変えていくのに 毎日の風景はいつもと同じだ。 キャンバスの中はどんどん変化し始めているのに終わりが見えない。 ヘッドホンをつけたままぜんぜん進まない キャンバスを見つめていたら ようやく声をかけられてふっと我に帰る。 私のヘッドホンを片方の耳からはずして 彼が言った。 「だめだ。休憩しようよ。」 毎日のように食べているファーストフードも いい加減飽きてきたなと思いながらも 結局はいつも来てしまう。 一番近いし、いつまでいてもほっておいて くれるような居心地のよさが好きだから。 「不安になるようなときってある?」 って彼は突然聞いた。 私は、「え?」と答えて 一瞬止まってしまって 食べようとしていたフライドポテトを 落としてしまった。 「・・・・あるよ。 だれでもあるでしょう?」 突然聞かれてなんて答えていいか 分からなかった。 一瞬言葉に詰まって、しまった・・と 少しだけ後悔した。 もっと笑って言えば少しは重くない雰囲気になったかもしれないのに。 深刻な話を笑い飛ばしてほしいときもある。 深刻な話を茶化さないで ちゃんと聞いてほしいときもある。 「どうしたの?何か不安なの?」 私は理由が聞きたくなる。 適度な距離感とか空気なんて 私には読めないのかもしれない。 でも、大事な人にはちゃんと聞きたい。 その人にとっての心の想いを 私に伝えようとしてくれているならば ちゃんとその想いを 受け止めてあげたいと思う。 彼が想いを吐くようにつぶやいた。 「なんかねー このままこんな風に 人生やってていいのかなーなんて。 落ち込んじゃったよ。うまく描けない。」 10代の頃から何も変わらない会話。 何かできるだろうとか なにかできるんじゃないかって 悪あがきはしてみるものの これだってものが見つからないまま 時間だけが過ぎてゆくと 自然に焦ってしまう。 自分に言える彼に対する言葉を捜すけれど、うまく言葉が出てこない。 「あるよねーそういうときある。 そういうときの方が多いかもしれないけど、 そこから抜けたときって 何か見つかると思うよ。」 一面にどんよりとした曇り空で覆われていてもその空がずっと続くわけじゃない。 必ずまた青空は見ることができる。 ずっとなんて生きてる限りありえないんだということを忘れがちになる。 いつもホームランを狙ってばかりいたら 小さなヒットには気づかない。 気休めも慰めもたまにはいいよね。 私は彼に勇気付けて あげたいわけじゃなかった。 ただ、今の気持ちを分かってあげたいと 思った。 「毎日ちゃんと向き合ってるでしょう? だから悩むんじゃない?」 彼は黙々とポテトを食べながら 何かを考えている。 ふぅーっと大きなため息をついて言った。 「なんか今日ぜんぜん乗らないんだ。」 「うん。乗らないんだね。」 「そういうときもある?」 「あるよ。そういうときばっかりだよ。」 「じゃあ、描く。」 決心したように君はコーヒーを飲む。 カウンター席のガラスの向こうには これからどこかへ向かう人たちが 駅の方向へ向かう。 「よかった。」と私が言うと ようやく目線をあげて 私を見て微笑んでくれた。 「うん。」と彼はうなずいてうれしそうに またポテトを食べる。 たまに君が言う本音を 私は見逃したくないと思ってる。 こうして友達みたいな関係で 男も女も関係ないけれど 私たちは戦友のように絵という共通項で 一緒にいられるんだから。 毎日キャンバスに向かう。 いろんな色がひしめきあっていて また表情を変えるだろう。 こうして好きなことを一生懸命やっている。 そのうちにまた描きたい絵がかける時が きっと来るって信じている。 昨日も今日も毎日私たちはキャンバスに 向かって戦い続けている。
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