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01◆7月3日・5歳差の憂鬱
思いがけず一緒に買い物へ出かけることとなったシエラとウィル。
用事を終えて憎いはずの男とショッピングモールを後にしたシエラだったが、ふたりの手はかたく握られ離れる気配を見せない。
これはウィルの突発的行為の結果なのだが、傍目には仲の良いカップルそのものであった。
無愛想ながらシエラの感情は穏やかで、触れ合う手から伝わる温もりに安心感すら得ていた。ウィルの放つ空気はとても落ち着きをもたらした。
長身の彼を見上げる。サラサラショートの黒髪に神秘的な黒い瞳。
顔のパーツの位置は1ミリの狂いもない黄金比。そこにあるのは女々しさとは無縁の男らしい美貌だ。
道行く女性たちが振り返り「うわぁ」と感嘆の声を漏らす。
それを背後にシエラは以前からの疑問を聞いてみたい誘惑に駆られた。
我慢しきれず、いい機会と投じてみる。
「アンタ、何歳なんだ?」
今を逃せばいつになるか。すぐにでも起こり得る険悪ムードから逃げるように、そう結論付けての決行だ。
ふたりが出会ったのは2年前。あの頃と変わらぬ容姿は年齢不詳を日ごと色濃くさせ、ようやくの問いかけであった。
一方のウィルは彼女のぎこちなく下手な男言葉に可愛らしいなと内心で笑いつつ、表面ではすました顔で問い返した。
「幾つに見える?」
好奇心が上回りシエラは無視を忘れて会話に乗ってしまった。
「23か、24……?」
自分とは2、3歳の違いだろうと自然な表情を向けて、たどたどしく曖昧な予想を告げた。
いつしか歩道に立ち止まって見つめ合うなか、ウィルはニコリと笑みを浮かべて穏やかに正解を発表した。
「若く見られて安心したよ。26だよ。2月生まれの26歳」
何気なく話したつもりが、彼も少し驚いた。シエラの反応が意外と大きかったためだ。
彼女は見た目にもはっきりと驚嘆を露にした。数瞬、瞬きを忘れて表情を固める。
もちろん声にもそれは表れた。静かながら動揺が滲み出る。
「5歳も、年上だったんだ……」
「オマエからはオジサンにしか見えない?恋愛対象外かな?」
チャンスと見てアピールするも無意味であった。シエラは何やら考え込み彼の発言など上の空である。
時刻は黄昏時。都心のカラフルな照明がシエラの色白で繊細な顔を染める。
けれど虹色の輝きとは対照的に彼女の言動は落胆を極めた。
胸中に何を抱えたか、切なげな眼差しでポツポツ語る。
「ワタシのこと、子供としか思えないでしょ?」
「そんなことないよ。自立もしてたし美人だし年相応なんじゃないかな」
美人であるとの部分は年齢と全く関係ないウィルの無意識で無意味な発言である。
ただし彼にとっては重要なことで、現に眼前のシエラは見惚れるほど美しい。
とはいえフォローついでの心からの賛辞に効果はなく、シエラは尚も顔を曇らせ続けた。
「5歳差か……」
「そんなに気になる?」
溜め息まじりの声に深いこだわりを感じたウィルである。彼の方こそ首を傾げた。
たかが5歳差と思う彼と異なり、自分を世間知らずの田舎育ちと思うシエラ。
内面だけでなく数字的にも子供、と引け目を感じて必要以上に気にかけていたのだ。
カタキ相手に対し、それがどこから来る感情なのかは本人にも判別し難い。
でも彼の年齢を知った途端、距離感を募らせたのは事実だった。
得体の知れない寂しさが沸々と湧き上がる。彼はいま優しく手を握ってくれ、こんなに側にいるのに……。
不意に、シエラは圧力を感じた。視線を落として握り合う手を見つめる。
おそらく慰めだろう。彼が握り返してくれた感触をダイレクトに感じたのだ。
それほど憂えた表情だったのかと自問しつつ、胸がドキドキと高鳴る。
ウィルの黒い瞳は穏やかに彼女を見下ろし包み込んでいた。
あまりにも柔和な眼差しにハッとしてシエラは我に返る。同時に思い出したのは互いの立場だ。
彼は復讐すべき憎い男。こうした優しさや慰めに甘えてはいけない人物なのだ。
改善しなければと自身に暗示をかけ、なのに拒絶しきれず心は揺れる。
下したのは悪意を含まぬ中途半端な返答でしかなかった。
「あ、べ、別にアンタが何歳だろうと関係ない。26歳だと知って驚いただけ」
視線を宙に泳がせてとっさに反論した。
年齢そのものより差にショックを受けた事実は気恥ずかしくて言えるはずもなかった。
ウィルはそれ以上追求しなかった。詳細はわからずじまいだが彼女の明らかなごまかしに黙って同意してみせる。
間を置かずしてさり気なく話題を変えた。
「荷物は重くない?そろそろタクシー呼ぼうか」
それぞれ片手には商品袋を下げていた。シエラは衣類を、ウィルは雑貨類を。
すべてシエラの購買物である。持たせているだけに彼女の方こそ恐縮だ。重量も下着を含む衣類であり重くはない。
けれど意地っ張りな性格ゆえに謝礼や配慮の言葉が出せず、葛藤に悩んでいる間に男は話を進めた。
「ごめんね。オマエと歩きたくてタクシーわざと避けてたんだ。疲れさせたね。それとも先にどこかで夕食にする?」
夕刻6時を回ったばかり。店を探し食すには程よい時間帯だった。
耳障りの良い彼の声が心身に残り、シエラはそこから様々な思いに脳をフル稼動させた。
荷物を持たせた挙げ句に謝罪させてしまったこと。一緒に歩きたがる理由。夕食に誘われたこと。
何より不思議なのは自身も手を握ったまま歩き続けていること……。
急かさず待ってくれた男にやがて発した返答は屋敷への帰宅だ。無視はせずに言葉で意思を示した。
「帰って作る」
「そう?オマエは料理上手だから楽しみだな。……あ、オレなんかに作りたくないか」
「ひとりもふたりも変わらないから待てるのならアンタの分も作る。待てないならひとりで外食して」
何だかんだ言っても優しい女である。ウィルは素直に好意を受け取った。
「手料理ごちそうになるよ。ありがとう」
素直に謝礼が言える。そんな彼をなんだか羨ましく思うシエラであった。
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