1.平和な1日は

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 放課後の軽音楽部。今日という今日はベースについて語らせてもらう。異論は無しだ。  そもそもベースの何が良いかと言うと、 「何か悪いこと考えてる?」  猿股がシンバル越しに顔を覗き込んで来た。今脳内で語ってるんだから後にして。 「ベースはな、気づかれにくいんだよ。」 「それがどうかしたのぉ?赤鬼、今更目立ちたいの?」  違う。まったくもって違う。目だちたがりの犬塚みたいなギタボと一緒にすんな。ベースは影で支えるのが美学だ。スネアのチューニングをしている猿股と、マイクスタンドのネジを回している犬塚に、俺は言ってやった。 「つまりだ。ベースなら、気付かれずにエロい気分にさせることが出来る!!!」  猿股と犬塚がピタリと止まった。  そりゃそうだ。こいつら煩悩の塊だもん。 「良いか。とある女に聞いたところ、世の中には都合の良いことに、ベースの音を認識出来ないやつってのがいるらしい。」  わからなくもない。ベース音はめちゃくちゃ低いのが普通で、音はもこもこしてるし、コード進行に沿うようにするから聴こえにくい。逆に、意識しないでも聴こえてきちゃうベース音ってのは若干音が浮いてる。それは曲に馴染んでいないか、かっこよ過ぎて隠しきれないかどっちかだ。どんなに服着ててもAV女優がエロいのと一緒。  聴こえそうで、聴こえない。でも無いとダメ。絶対ダメ。そのギリギリを攻めていく。それがベース。 「ベースって、サバの味噌煮の味噌じゃんか。主役じゃないけどいなきゃダメ的な。」 「赤鬼はサバの座を誰に譲るわけ?」 「サバはボーカル一択だろ。」  犬塚が猿股にツッコむ。 「いやそれは違う。」 「あぁ!?」  猿と犬はモメると面倒いから間に入ってやる。 「あのな。サバの身がギター、一番よく見えるサバの皮がボーカル、骨がドラム、味噌がベース。それで良いじゃんか。」 「生姜は」 「え」 「生姜。」  猿股が不満げに口を尖らせている。やれやれ。 「キーボードだ。さ、話をもとに戻すと」  まだ猿股と犬塚が何かモメているが無視だ。 「例えば、歌詞がエロい曲があったとするじゃん。それ、ライブで歌ったらどうなると思う?」 「普通に盛り上がるだろ。」 「はい、それは犬塚の論理ー!普通は、引きます!」 「そうかぁ?」 「ところが、ベースは。」  ちょっとだけ、右手で弦を弾く。  ブーン  ドーッドッダッ  デデデデドッデドッデッ 「「しゅらば!事変!」」 「正解っ!」  そのまま、人気バンド"事変"の曲を弾き続けると、二人が合わせて来た。 「たったたっら〜♪」  犬塚の野太い声でも、歌詞がわからなくても、この曲は十分かっこいい。  結局一番のサビが終わるまで弾ききった。 「いや〜やっぱエロいわ。事変の曲。」 「何かわかったかも、赤鬼が言いたいこと。」  そうでしょうそうでしょう。 「でもさ、この曲は歌詞が一番エロいよね?」  猿が犬に寝返った。 ************************  そんな感じで、赤鬼くんの平和な1日は終わって行った。
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