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ミケランジェロ システィーナ礼拝堂『創世記』
大学まで一時間半、通学時間がかかる。読書もいい。ラジオも好きだ。たいてい遅刻するので、あまり混雑していない。
ゆっくり座れる時もある。そんな時は編み物をする。マフラーを編んでいる。濃い色の緑色のマフラーだ。
模様もなく初心者が編むような、単純なマフラーなのだけれど、生来不器用なので、間違ったり進みが遅かったりで、要領がわるい。
たしかアガサ・クリスティーに出てくるミス・マープルなどはたいてい、ロッキンチェアーに揺られながら、編み物をしながら、難事件をいくつも解決するというのに。
むしろ俺の場合は編み物そのものが難事件のように、俺の行く手をふさぐ。
俺が軽音の部室で、四苦八苦してマフラーを編んでいると、髪の毛を金髪とピンクに染めて、いつもライダースをビシッときこなしている、挨拶しかしたことないイカツイ女子の先輩が声をかけてきた。
「ジブン、編みもんすんの?」
俺の横に座り、俺が編んでいるマフラーをジロジロ見る。俺はその距離感に少しビビりながらも返事をした。
「あっ、はい。始めたばかりで、あんまり上手くなくて、なかなか進まないっす」
俺はまだ30センチぐらいしか進んでいない、マフラーの出来損ないを見せた。
「たしかに下手やね。ちょっと貸してみ」
先輩はその、イカツイ姿形に似合わず俺から編み棒を取り上げて、スイスイと編んでいく。人は見かけによらないものだ。
「あっ、ここ間違ってんで。直しといたるわ」
そう言ってどうやったかは、わからないけどすでに編み終わった部分を器用に縦に割くように、ほどいていき、間違っているとおぼしきところを直してくれた。
俺が目を白黒させて、びっくりしていたのがバレたのだろう、先輩が手を止めて俺に顔を向ける。
「そんなにびっくりせんでもええやろう。ウチ、編みもん得意やねん。高校の頃に憧れてた先輩にセーターあげたこともあるんやで」
「そうなんっすね。いや、すげえっす。女子力高いっす」
先輩は俺の発言が気に入らなかったのか、編みかけのマフラーをポイッと投げてよこした。
「女子力なんかいらんわ。クソの役にも立たん」
先輩はポケットからマールボロを一本取り出し、ジッポライターで火をつけた。大きく煙を吸って、ゆっくり吐いた。
「編みもんは嫌いじゃないけどな」
「ありがとうございます」
俺はとりあえず礼を言った。
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