【2】

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   病的に白く透き通った肌、圧倒的に大きなアーモンド形の目、その下で男を誘う反則的な涙袋、暴力的に高い鼻、程よい厚みに色気の漂う耽美的な唇。  秋月さんと出会った当時、私はまだ大学生だった。彼女の方が十五歳程年上であるにも関わらず、あれから十年経った今も変わらない美貌を誇っているのだから恐れ入る。実際の年齢は不詳だが、正直に言えば彼女の「美の秘訣」を知っている上付き合いも長い為、もはや嫉妬もなにもあったもんじゃない。少なくとも私の友人知人の中では群を抜いて美人である事に違いなく、容姿に関してはお手上げ状態だ。  加えて、秋月さんには身体的な傷を癒す能力が備わっている。『治癒』という言葉だけではピンと来ないかもしれないが、要するに、対象者の症状が例え死ぬ一歩手前であっても、彼女にかかれば瞬く間に全快する。さらに言えばその力は彼女自身にも有効なわけで、秋月さんがいつまでたっても老いない理由というのは己の細胞を……。 「なんでずっと黙ってんの? なんかよからぬ事考えてない?」  私は鞄の一番底に日記帳を慌ててしまい込む素振りを見せながら、わざとらしく溜息をついた。 「はぁー、お疲れ様です。仕事帰りに呼び出してしまって、すみません」 「まだ夕方だし仕事帰りってわけでもないよ、この後もう一件行こうかどうか迷ってたとこに、あんたから連絡きて」 「今からですか?」 「うん」 「もう五時ですよ?」 「公務員じゃないんだから」 「え、チョウジって公務員ですよね」 「私は違うよ。今は国の正式な採用じゃないし、バンビの個人的な手伝いというか、下請け? あんたの旦那と一緒だよ立場は」 「いや、うちはもとから天正堂なんで。三神さんが社長、うちの旦那は主任」 「でもあいつ名刺二つ持ってるよね?」 「人の旦那をあいつ呼ばわりしないでください」 「そっか。……幸せだから、大丈夫なんだもんね?」 「あーーーーーーーッ!」  お冷やを持って現れたこの喫茶店のマスター、手島さんに普通に怒られた。  秋月さんは以前、関東近郊にある海辺の街で、妹のめいちゃんと二人でお洒落な喫茶店を営んでいた。今は姉妹で東京に出て暮らしているが、変ったのは住む場所だけじゃない。彼女の現在の職業は、分かりやすく言えば『心霊探偵』だ。正確に言えば違うのだが、私が初めて彼女の選んだ仕事について説明を受けた時、ポンと浮かんで来た言葉がソレだった。  探偵というからには依頼を受けている。しかしその依頼者は一般市民ではなく、国だ。そして当然その国とは漠然とした概念ではなく、我が国日本の諜報機関で働く「坂東さん」という男性から直接依頼を受けている。通称・バンビと呼ばれるその男性は、人間が起こす犯罪とは別枠の、この世ならざる者が関連する心霊事件を主に扱う、『広域超事象諜報課』という公安部の極秘部署に所属している。秋月さんは私と出会う前、そのチョウジと呼ばれる諜報機関で働いていた経歴がある。つまり、正式に復帰したわけではないにせよ、雇い主が国から個人に変わっただけで、いわゆる「昔取った杵柄」というやつなのだ。
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