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【4】
「距離感の話で言うと、ひとつ、興味深い思い出話があって」
言葉を詰まらせ、窓の外を睨むように見ていた美しい横顔の女性に私はそう言った。秋月さんはテーブルからアイスコーヒーの入ったグラスを持ち上げ、ストローを使わずにひと口飲んだ。何をやっても様になるなぁ、この女豹ったら。
「思い出?」
「今日、お呼びだてした件です」
「別に。用がなくたって呼ばれたら来るよ」
「分かってます」
「で?」
「私の妊娠が分かった時なんで、今から四年近く前ですかねえ」
「うん、あ、え、今日チビちゃんどうしたの?」
「あはは、今ですか、それ言うの。今日は保育園休みなんで、新開くんが遊園地に連れていってます」
「へー! 一人で? 娘と? へー! すごいね。そういう事出来るんだねえ」
「言うと思いました。なんか六花さんの中で新開くんて評価低いですよね」
「いやいや、違うよ。逆だよ。私がこの仕事復帰してからあいつの名前、本当によく聞くんだよ。最終的にあいつんトコに案件持ってったらなんとかなるだろう、みたいなさぁ。人脈も持ってるしさ、学生時代と違って今はもう仕事関係の印象しかないから『なんだよ遊園地って』って」
「笑うとこじゃないです。でも良かった、六花さんにそこまで仰ってもらえるなら、ちゃんと人のお役に立ててるんですね」
「そこは保証するよ。私とかバンビはどっちかっていうと調査っていうより力業でねじ伏せるみたいな事が多いけど、やっぱり三神さんの下で修行しただけあって、立派な拝み屋というか。うん、困ってる人に寄り添ってる感じはするかな」
「そうですか」
「私はまどろっこしの無理だから、絶対真似できないもんね」
「あはは」
夫である新開水留の職業は、拝み屋と呼ばれる祈祷師の部類に入る。秋月さんが仕事を依頼されている『チョウジ』、つまり国とは違い、相手にしているのは一般市民だ。幽霊騒動や霊障、不可解な超自然現象に悩まされる人たちを相手に、呪い師として問題解決のために日夜奮闘している。危険な仕事であることは、多少なりとも霊感を持っている私だからこそよく理解している。だが、止めようとは思わないし、出来まい。決して天職だなんて思っているわけではないけれど、そういった方法でしか、私たちは自分が納得できる人生の第二歩目を踏み出すことが出来なかったのだ。私がOLで、新開くんがサラリーマン。本当ならそんな未来が待っていて欲しかった。だが、無理だったのだ。
「ごめん、なんだっけ。思い出話?」
「ええ。私、地元が東京なんですけど、子供の頃のある一時期だけ、別の地域に住んでたことがあるんです」
「うん」
「私実は、その場所で新開くんと会ってるんですよ。大学で出会う前に」
「へえ。あいつそれ知ってたの?」
「私の妊娠が分かった頃くらいに、たまたま話の中でそうだということに気づいて……ってさっきから平気であいつって言ってますよね、ずっと」
「ごめんごめん。でもなんて言えばいいのよ、一回り以上年下の坊主」
「坊主……」
「あはは、ごめんって。ねえ、全っ然話進まないね!」
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