【5】

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   そこは中核都市同士をつなぐ山間にある、衛星都市と呼ぶには小規模な郊外の住宅地だった。車を使えば都市部までは三十分と掛からない為、夜ともなれば緑の山々が保全された静かな土地である代わりに、昼間の交通量はとても多く、簡単な説明をするだけで誰でもすぐに「ああ、あそこ?」となる場所だった。  だがその集落には、一般的にはあまり知られていない顔があった。 「国道沿いなんで、なんとなく集落の外観というか、雰囲気は皆知ってると思いますけど」  私の話に秋月さんは頷き、 「うん、今でもよく通るよ」  と相槌を打った。「なだらかな山の斜面に家々が点在してて、天気のいい日なんかに通ると差し込む光の中で長閑(のどか)な雰囲気が漂ってて、良い所だよね。田舎と言えば田舎だけどそこまで利便性は悪くないと思うし、どっちかっていうと金持ち住宅みたいに見えるかなぁ。芸能人が土地買ってでかい別荘建ててそう」 「あはは、そんな風に見えてました? いやー、やっぱり古い土地だし、山間だけあってこじんまりとした印象があります。長閑は長閑でしたけどねえ」 「そうかあ、外から見るのとではやっぱ違うもんだね。さっきも言ったけど、こう、光の加減なんかで山に溶け込んで見えるというか、なんか平和というか、そういうイメージだったよ」 「でもそれがいわゆる、国道側から見た一般的な集落の見え方なんですよね。でも、裏があって」 「裏?」 「私の父親って、建築士なんですよ」 「お、金持ちだ」 「いや、そういうわけでもないですけど。でも丁度、私が小学校入るかどうかくらいの頃に、あの集落からもう少し離れた場所で、大規模な開発事業が持ち上がったんです。ショッピングセンター的なお店を中心に、商業施設をいくつも建てる話が出て」 「へえー。ん? でもあの辺にショッピングセンターなんてあったっけ?」 「ないんです。取り止めになったので」 「あらら」  私も子供だった為、詳しい大人の事情は聞いていない。だが私の父がその開発事業に建築士として関わっていたことは事実で、そのあおりを食って私たち一家はわざわざ東京からその土地へ引っ越したのだ。 「何の為に?」 「大きいプロジェクトだったらしくて。現場の近くに住んで色々と自分の目で確かめながらデザインを練りたかったようです。東京からだと一時間も離れていませんし、通えば良かったじゃないのって今なら言うんですけどね。でも当時の父は私たちと離れるのが嫌で、単身赴任を拒んだようです」 「まあまあまあ、うん、人ん家の事情だし、そこはあんまり深くは言えないけど」 「あはは。父なんて最初はあの集落に新しく家を建てようとしたんですよ。でも母に猛反対されて」 「へえー、すごいね。お父さんはあの場所がそれだけ気に入ってたってことだ」 「そうみたいです。もともとあの辺り一帯は、もっともっとこれから開発が進んで、家も一杯建って入居者が押し寄せて、ほんと、ひとつの都市が出来上がるんだーぐらいの構想だったみたいなんです」 「時代なのかなあ、今から二十年以上前でしょ? まあ、夢だけは大きくっていう雰囲気はあったよね、確かに。不景気だったからこそ、余計に、みたいなね」 「そうですね。それがただの新興住宅地とかならまた話は変わっていたんでしょうけど、商業施設となればそこにかかる費用を補えるだけの収益規模が必要ですからね」 「今見る限りじゃあ、ちょっとね」 「結果的にはショッピングセンターどころかスーパーだってありませんしね。だけど……」  当時の大人たちが夢に描いた壮大な計画は、今はもう跡形もない。残されたものがあるとすれば、拡張された山間の集落だ。そばを通る幹線道路から見たその風景は、山の斜面に小綺麗な家々が建ち並ぶ落ち着いた雰囲気の、それは一枚の絵画すら思わせる佇まいである。だが道路側からは決して視界に入らない場所に、集落の裏の顔が存在していたのだ。
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