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僕はふと気がつくと、見知らぬ場所にいた。
周りには木造と思しき建物があり、かなり大勢の人がいる。
僕はなんだか目の前の光景に違和感を感じた。その原因がわかるまでには、しばらくかかった。
(光源がない。なのになんでこうしっかり周りの景色が見えるんだ?)
あたりは夜なのか真っ暗で、空には星も月もない。かといって地上に灯りがあるわけでもない。
(あと、お年寄りも妙に多いな)
いま自分の周囲にいる人は、その半数が白髪頭のおじいさんおばあさんだった。
(というかそもそも、僕はなんでここにいるんだ? 迷子になったんだっけか。いい歳してはずかしいな。ほんとに…………あれ、僕、いくつだっけ)
名前は。家族は。友達は。
さぁっと血の気が引いた。
大事なはずのことが思い出せない。
どういうことだ。
この体が、ゆらいで消える。
そんな錯覚に囚われた。
「――おやまぁ、これはいけない」
そんな僕に、声を掛けてきた人がいた。
「お兄さん、生霊ですね」
その声の主は黒いワンピースを着た、10歳ぐらいの女の子だった。
奇妙なことに、その女の子の頭には、小さいが2本の角があった。
コスプレ用のカチューシャでも着けているのかと思ったが、どう見ても髪の毛を掻き分けて頭から直に生えているようにしか見えない。
思わず凝視していると、女の子は困ったように言った。
「まぁ、珍しいですよねぇ。人間にはこんなもの生えていませんから。――私、鬼なんです」
「はっ? 鬼?」
「はい。ここは死者の世と生者の世の境目・黄泉比良坂。もう少し正確に言うなら、そこに建っている関所です。私はその関所の番人を務める子鬼です」
信じ難いことをさらり、と言われた。
だがなんとか頭の中を整理する。
「……え、それじゃあ僕、も、もしかして、死んでるのか?」
「いいえ。さっきも申し上げましたが、お兄さんは生霊なんです。肉体はまだ生きてます。でもおそらくその肉体がいまひどく弱っていて、魂を結びつけておけず、こんなところまで来てしまったのかと。たまぁにいるんです、そういう人が」
動揺しきっている僕に対し、鬼の女の子は実に冷静だった。
おかげで、僕のほうもいくらか頭が冷えてきた。
「えっとそれじゃあ、僕はここにいるべき人間じゃないってこと?」
「そうなりますねぇ」
「じゃ、どうすればいいんだ?」
「肉体のもとに還らなくてはなりません。――私がご案内しますから、ついてきてください」
言うやいなや、女の子はてくてくと歩き出した。僕はあわてて後を追う。
「おーい、どこへ行くんだよ」
女の子は人混み――話によれば死者の群れらしいが――をするすると抜けてゆく。そして関所の出入り口と思しきところまで来た。そこも素通りして、女の子はなにもない深い闇の中へと歩いていく。だが僕は躊躇した。
「え、いいのかい、外へ出ても?」
「はい。大丈夫ですよ、私と行けば道はわかります」
見ると闇の中――これも光源はないはずなのに――道だけは浮かび上がって見えた。
「この道をずっと行けば、生者の世へ戻れます。長いこと歩かねばなりませんが、道中お話しながらまいりましょう」
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