露見

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露見

 話は梅花と白桜が、都を探索していたころに遡る。  白蓮は梅月を連れて、都に足を運んでいた。  白蓮は飾り物を商う店にて、二つの髪飾りを見つめていた。一つは、純白の蓮の細工か施されたもの。もう一つは、螺鈿が施されている簪。  飾り物など邸の自室にある、鏡台に引き出しに幾つもあるのに、こうして実物を目にすると購買意欲が刺激される。  桜薫と春玲に手を差し伸べられてから、白蓮は幾らか覇気が戻ったようである。  白蓮は、店に設置してある銀鏡の前で、二つの髪飾りを交互に試着し首を傾げた。 「梅月。どちらが似合うと思う?」  何度、試着してもしっくりこず最終的には、梅月に選んでもらおうと振り返り声を掛けた。しかし梅月は、白蓮の声が聞こえないのか明後日の方向を向いていた。 「梅月?」再度、名を呼ぶが梅月は通りを挟んだ、同じく飾り物を商う店を見つめていた。 誰か知り合いでもいるのだろうか―。  白蓮も眼を凝らしていると、梅月はおずおずと口を開いた。 「お嬢様。あそこの店にいらっしゃる殿方は、白桜様に仕えている内官では……?」  梅月の腕が真っ直ぐ前に伸びた。  梅月は縁談の一件で、王宮に参内した際、宮の外で件の内官と顔を合わせていた。 そんなはずは―。  梅月の言動に、白蓮の笑みは消え眉を潜める。花火が上がる今日は王族が皆、王宮に集まり揃って観賞することが習わし。そのため、白桜に仕えている内官が、都にいるのは不自然なことであった。  白蓮は梅月が指差す方向へと、視線を向ける。 「どうして……?」白蓮の瞳に映ったのは、あまりにも信じ難い光景であった。 「お嬢様?」白蓮の言葉が途切れたのを、不審に思った梅月が声を掛ける。 「どうして白桜様が……?」  白蓮の視線の先には、都にいるはずのない白桜の姿であった。白桜は、連れの女人と仲睦まじく手を繋ぎ、女人と楽しげに話し自分には見せたこともない、笑みを向けていた。  驚きのあまり、手にしていた髪飾りを落としそうになる。   自分との縁談を白紙にしたのは、この女人のためだったのかー。 自分には触れることもましてや、あのような笑みを向けることさえなかったというのにー。 何故、自分ではなくあの女人なのだろうー。  二人の仲睦まじい姿を見た白蓮は、紅を塗った艶やかな唇を噛んだ。言いようのない嫉妬心が、白蓮の胸中をじりじりと(いぶ)し焦がしていった。    白蓮は視線を逸らし、髪飾り商人に返し購入することなく足早に身を翻した。 「お嬢様!」梅月がその後を追った。  王宮では、礼部と大常寺の官吏らが、昨晩の片付けを行っている。  昨日の晴天が嘘のような曇天である。まるで、昨日のことなど夢であったかのように。  昨晩の花火の綺麗さと梅花からの告白を思い出し、内廷を歩いている白桜の頬がつい緩む。 「良うございましたね。白桜様」  傍にいた桃苑が茶化すように声を掛る。白桜は表情を引き締める。己の心中を、見透かされているようで面映ゆい。  白桜の面映ゆさと欣幸を、背後からの聞こえた「白桜」という春玲の声が掻き消す。  白桜が振り返ると、数人の女官を連れた春玲が、笑みを浮かべて立っている。ただ、笑っているのは口元だけであり、その眼は微塵も笑っていない。 「母上。何用にございましょう」  春玲の視線に気づかない振りをし、揖礼を捧げ朗らかに問う。 「今、話をしても構いませんか?」  春玲の問いに、警戒しつつ「ええ」と頷いてみせる。 「昨晩はどちらに? 宴の席でお姿を、お見掛けしなかったものですから……。何かあったのかと」  言葉遣いは丁寧だが、声音に棘が混じる。  都で梅花と会うと決めてから、春玲に何か追及されることは覚悟の上である。  あとは、この場をどう切り抜けるか……。  思案しつつ口をつぐむ。  暫しの間、沈黙が流れ視線がぶつかり合う。 口に出来ない程、疚しいことがあるのか―?  一向に口を割らぬ白桜に、苛立ちを募らせる。 「王妃様。それには訳がございます」  沈黙に耐えきれなくなったのか、隣で膝を付き、頭を垂れていた桃苑が口を開く。春玲の視線が、ゆっくりと桃苑に移る。 「訳?」桃苑に視線を向けたまま問う。 「桃苑。よせ。  何でもございません。内官の戯言にございます」  桃苑に声を掛けると、弁解するために口を開く。が―。  一人の女官が、足早に春玲に近づきなにやら耳打ちをする。 「誠ですか」春玲の問いに、女官は大きく頷く。女官との短い会話を終えた後、白桜に向き直る。 「客人が来たようです。故に、この話はまた後日」  そう言い残し、妖艶な笑みを浮かべ鮮やかな原色の襦裙と披帛を翻し踵を返す。  桃苑は立ち上がり、安堵の表情を見せる。しかし、白桜は固い表情のままである。  月旭宮へ戻った春玲は、尋ねて来た白蓮と対峙していた。  几を挟み向かい合う。先程から白蓮は、視線を彷徨わせ落ち着かない様子であり、なかなか話を切り出そうとしない。 「なにかありましたか」春玲が水を向ける。  白蓮は視線を下に落とす。昨日、都で見かけた白桜と女人の姿が頭をよぎり、両手で裙を握り締める。 「昨日都で……」ここで大きく息を吸う。 「都で?」春玲は続きを諭す。白蓮が視線を上げ、春玲を真っ直ぐ見る。 「都で、白桜様をお見掛けいたしました」  白蓮の言葉に、驚くことなく長く息を吐く。 「そんなことだと思っていました。白桜は、誰と一緒でしたか」  春玲の平然たる態度に、白蓮はごくりと唾を呑み口を開く。 「側仕えの内官と、女人を一人お連れに。女人とは、随分親しい仲なのでございましょう。手を繋ぎ仲睦まじく、談笑していらっしゃいました」  頭の中に、都で見た光景が浮かび上がる。 「恐らく、その女人が白桜様の想い人かと。あろうことか、白桜様はわたくしではではなくその女人をお選びに……」  下を向き唇を噛む。 「お嬢様」春玲は白蓮の元に歩み寄ると、身を屈め彼女を覗き込む。 「その女人が誰かわかりますか。白桜は、なんと呼んでいましたか」  春玲の問いに、大きく頭を振る。 「誰かは存じ上げません。ですが、女人には侍女を連れておらず、故に身分の高い女人ではないかと。  ただ、身に纏っていた襦裙は一般の民にしては高級なものでした。恐らく、女人は妓楼の妓女かと思われます」  白蓮の推測に、春玲は微かに息を呑む。 やはりそうか―。  桜薫から、白桜が妓楼に出入りしていると耳にしてから、こうなることをある程度は予想していた。  白蓮の推測から予想が確信に変化する。 では昨晩、宴の席に姿を見せなかったのも―。  想い人と逢い引きなど、口が裂けても言えるはずがない。しかも、断固反対をしている、王妃相手なら余計に。 このまま、逃げられるなどお思いになりませんよう―。 「女人が誰か、桜薫に探らせましょう。  白桜に直接問い質したいのはやまやまですが、口を割らぬでしょう。何としてでも、女人を守るために」  立ち上がり、再び椅子に腰を下ろす。  白蓮は不安げな瞳を春玲に向けている。 「お嬢様が案ずることなど何もありません。  いくらお互いが、想い合っていたとしても、この天香国において、王子が妓女と恋仲など許されることではありません。もし、王様がお許しになったとしても」 たかが、妓楼の妓女。恐らく、甘い言葉を囁きその気にさせたに違いない―。 あの白桜が、誠にその女人に恋焦がれるなどあるものか―。 時が来れば、女人のことなど蔑ろにするはず―。 恋心など一夜の夢と変わらない―。 二人の仲を引き裂くなど容易い事―。  胸中とは裏腹に、春玲は優しく笑みを浮かべた。白蓮も不安げな表情を解き、大きく頷いた。    
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