手筈

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手筈

 白桜から梅花に、先手を打っている旨が認められた文が届いた頃、妓楼では梅花を含め花見の宴に参加する妓女らが、詩歌管弦や舞の稽古に精を出していた。  この日は朝から曇天が広がり、時折風で障子が揺れ、底冷えする寒さである。    夜見店が始まるまでの間、一階の客の相手をする部屋にて、管弦の音に合わせ舞う。  普段、客の前で管弦を披露する機会はあっても、舞を披露する機会は無いに等しい。故に舞の経験がない者も多く、稽古は難航していた。  今回の件で梅花を含め、はじめて王宮に参内する者がほとんどである。王宮がどのような場か、好奇心からどこかせわしない。  稽古か終わり、自室に戻ると梅花は鏡台に凭れ、白桜からの文を開く。  文には、万が一備えて女官と共に先手を打っている旨、こちらのことは心配せず稽古に打ち込んで欲しい旨、宴の当日会えることを楽しみにしている旨が、認められている。  文に目を通した梅花は、視線を上げる。同室の華琳も芽李花も夜見店の為の、身支度で忙しく梅花の様子には気づいていない。 本当に私はこのまま、なにもせずとも良いのだろうか―。  梅花の胸中にそんな思いが芽生える。  白桜のことを信用していない訳ではない。白桜が梅花の為を想って、行動を起こしていることは、充分理解している。また、下手に手を出さない方が得策だとも。  だがあまりにも、白桜や芽李月に甘えすぎているようで、居心地が悪い。  梅花はそのまま、ずるずると座り込み膝を抱えた。  王宮では白桜と蕾柚、そして桃苑が宮にて計画の算段を付けていた。  雪起こしだろうか。外では風が強く吹き、障子を揺らす。もしかしたら、雪が舞うかも知れない。昼前に比べて、ぐっと冷え込み火鉢で温めていても、吐く息は白い。  三人は蕾柚が持ってきた、夜食を虫養いに話を進める。  白桜は几の上に、二寸(6センチ)ほどの中縹色の陶器でできた、入れ物を置いた。 「これは?」蕾柚が問う。 「万が一母上が、父上と梅花の食事に毒を仕込むような素振りがあれば、これを入れたものとすり替えて欲しい」  白桜の頼みに、蕾柚は躊躇いつつ頷く。幾ら頼みだからとは言え、君主と想い人に正体の分からない物を仕込むなど許されることだろうか。 「これは、普段から主治医に処方されているものだ。身体に害はない」  蕾柚の杞憂を見抜き、白桜がそう助言する。 「だとしても……」白桜の助言を聞いても、おいそれと然りとは言えない蕾柚である。 「貴女の杞憂はごもっともです。王様と梅花殿に薬を仕込むなど、胸が痛んで当然のこと。  ですが、これ以外に策はございません」  白桜の背後に控えている桃苑が、口を挟む。 「もし母上が毒を仕込んだとして、なにも異変がなければ母上はより強硬な手段に出るだろう。故に、これを仕込むのは目くらましだ」  白桜も桃苑の言葉に、そう言い添える。 「お二人のお気持ちは理解いたしました。ですが、王様はこの件をご存じで?」  蕾柚の固い声に、白桜は「いや」と頭を振る。そんな白桜の言動に、蕾柚はどう返答すれば良いのか分からず黙り込む。 「父上や梅花には、まだなにも話していない。というより、父上はまだしも梅花に至ってはこの件は話すつもりはない」 「それも、目くらましですか。王妃様から視線を逸らさないための」  蕾柚の低い声に、白桜は「そうだ」と短く答える。    蕾柚にとっては、白桜の行動が理解しがたいものに、映るのは当然である。しかし、梅花に計画を伝えることで彼女を、不安にさせるのは避けたかった。   桜月には近いうちに、計画を伝え了承を得るつもりであると、白桜は話す。  白桜の心中を知り、蕾柚は「承知いたしました」と賛同の意を示す。  予想通り、蕾柚を帰すために障子を開けると、雪が舞い始めていた。  蕾柚らと話した翌日。白桜は、桜月に此度の計画について承諾を得るため、桜月の宮に向かっていた。  昨夜から降り始めた雪は、都を薄っすらと白く染めている。王宮内にも薄っすら白く染まり、足跡がくっきり残っている。  すれ違う女官の顔は赤く、吐く息は白い。皆足早にすれ違う。  突然のおとないにもかかわらず、桜月は快く白桜を出迎える。 「父上にひとつ、了承して頂きたい儀がございます」  几を挟み桜月と向き合った白桜は、そう切り出す。桜月は沈黙を貫き、次の言葉を待つ。  内官が二人の前に、暖かい茶が入った湯飲みを置く。 「母上が月花楼の妓女を招くそうで。その宴に、梅花も参加をすると」 「その娘を護る為に、動きたいと言うのであろう」  桜月は湯飲みを両手で包み、暖を取りつつ言う。  桜月の物言いに、苦笑いするしか術はない。恐らく、白桜がしようとしていることは全てお見通しなのだろう。 「ご名答でございます。  わたくしは彼女を護る為に、策を練っております。この策は、父上のご賛同がなければ、遂行することはできません」 「して策とは?」桜月の視線が真っ直ぐ、白桜に向く。  白桜は徐に口を開き、件の計画を話す。 「その娘と余の料理に薬を仕込むその真意は?」 「母上は恐らく、宴の賑わいを利用して父上と梅花を、亡き者にしようとご高察でしょう。万が一、毒を仕込んだ料理を口にし何もなかった場合、母上が更に強硬な手段に出ることを防ぐ意味がございます」 「要は目くらましか」桜月の問いに、白桜は「左様にございます」と答える。  白桜の毅然とした態度に、桜月は感嘆の息を吐く。 「もう一度問う。誠に、そなたが用意する薬に害はないのだな」  桜月の念押しに、「間違いございません」と言い切る。 「余だけではなく娘も亡き者にという魂胆ならば、将来の王妃を手に掛けるのと同じこと。これは、謀反と変わらぬ」  桜月は白桜の策を、了承する意思を伝えた。    
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