慶事

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慶事

 白桜と出会ってから、昨晩までの出来事を思い返していく。  たった四年。されど四年。この四年という年月は、梅花にとっても白桜にとっても特別で濃密な年月となっている。  梅花は隣を歩いている白桜に視線を移す。  昨晩あのようなことがあった為、案じていたが精悍な顔つきであり、梅花は胸を撫で下ろす。 「どうかしたか?」視線に気づいた白桜が問う。梅花は、慈愛に満ちた表情で「いいえ」と答える。  気づけば外廷に続く門が間近に迫る。  外廷には、これから共に国を経世していく臣下と官吏が、新たな国王と王妃の即位を首を長くして待っている。  門の前で二人のおとないを待っていた、数名の内官と武官が二人の姿を認めると、一斉に跪き頭を垂れる。  梅花は繋いでいる手に力を込める。白桜が彼女の、緊張を解すように優しく微笑み掛ける。武官は立ち上がり、二人に視線を合わせる。 「王様、王妃様。よろしゅうございますか」  武官の一人が、白桜と梅花に視線を送りつつ尋ねる。  梅花と白桜は深呼吸を一つすると、揃って頷く。  二人が頷いたことを認めると、武官は「門を開けよ」と声を張る。武官の指示により、ゆっくり門が開く。  門の先では、丞相や左丞は勿論、三省の長官、六部の尚書、九寺・五監・一台の長官、更には各所に属する官吏らが、一堂に会し外廷内にずらりと数列の列を作っている。  その臣下と官吏の数に、梅花はただ圧倒され目を瞠り息を呑む。梅花には臣下や官吏の数がこれから、背負っていかねばならない錘の数のように思える。 「梅花」光景に圧倒されている梅花に、白桜が顔を覗き込んで名を呼ぶ。その声に、強張っていた表情を解く。 「参りましょうか」梅花は白桜に笑いかける。 私がしっかりしなければ―。  梅花は、そう言い聞かせ自分を叱咤する。脳裏を掠めるのは、昨晩の白桜が怯え苦衷する姿である。  二人の後ろで列を成していた、蕾柚と桃苑以外の女官や内官が、付いてこれるのはここまでである。  二人は一歩一歩、慎重に歩みを進め外廷に繋がる門を潜る。その後ろを、蕾柚と桃苑が付ける。 「王様と王妃様の御成りにございます」  二人が外廷に一歩足を踏み入れると、武官が声を張る。 声を合図に、臣下や官吏らが一斉に再拝稽首で敬意を示す。  門下省の前を通り、正殿に繋がる階を上がる。  階の上には、二人分の几と椅子が設えられている。更には、階の上に等間隔で禁色の桜色の地に金の糸で牡丹が刺繍された、国の旗章がはためいている。  階の下には、警備の為に刀や槍を手にした、衛尉の官吏や宮闈局の内官らが、等間隔に仁王立ちしている。その中に、杏賀の姿を認め梅花は、口元を緩める。見知った者がいるだけで心強い。  梅花と白桜は、それぞれ椅子に腰を下ろす。  二人が腰を下ろしたことを認めると、臣下や官吏らが面を上げる。そして、列の一番前に立っていた丞相が前方中央に進み、深衣の袂から蛇腹折りにした麻紙を取り出し広げる。麻紙を掲げると口を開く。  丞相が述べたのは、二人の即位を寿(ことほ)ぎ、国と王室の繁栄と安泰を願う寿詞(よごと)である。  二人は丞相の寿詞を聞きながら、即位の実感を噛み締める。  即位までの四年の年月に起こった、様々な出来事がまるで昨日のことのように蘇る。勿論、決して平坦な道ばかりではない。多くの人の尽力がなければ、ここまで来れなかった。二人が歩んで来た道は、まさしく棘の道である。  梅花にとって、まさか自分が王妃に即位するなど、四年前には想像もしていなかった。  白桜としても、両親に組まれた縁談を白紙に戻し、卑しい存在だと虐げられている妓楼の妓女を、正妻として迎えるなど、四年前には思ってもいなかった。更に言えば、己が若干数え二十一の若さで王座を継承するなど、誰が想像したことだろう。  これまでの日々を思い出し、ぼんやりと寿詞を聞いていた、白桜に背後から桃苑が「王様。お言葉を」と囁く。気づけば、とうに丞相が述べる寿言は終盤を迎えている。  寿言の後、白桜からこれからの国と王室の繁栄を願い、言葉を述べるとこになっている。  桃苑に促され、白桜は深呼吸をしゆっくり立ち上がる。これから、共に国を経世していく、臣下や官吏らをぐるり見回す。皆、神妙な顔をして前を向き、白桜からの言葉を待っている。  白桜は徐に口を開く。 「今日この日を、迎えられたことを余は嬉しく思っている。  これから、共に国を経世していくにあたりここにいる皆に、覚悟を持って国政に関わって貰いたい。  余は国政に関わるということは、歴史の傍観者ではなく当事者になることだと、(かね)てより思っている。故に皆にも、国政に関わることは即ち、国史の当事者になることだという覚悟を、これから共に造る国は身分の上下関係なく、民が皆平等に生活を営める弥栄な国を経世するという覚悟を持って欲しい」  白桜の瞳に、国王としての強い決意と覚悟が宿る。  ここで言葉を切ると、軽く息を吐き再度口を開く。 「知っての通り、余は己が如何に未熟で若輩者か、政に対して理想論と綺麗事を述べているか、充分承知している。余の信条が、一筋縄ではいかぬことも。  故にこれから、そなたらには苦労をかけるやも知れぬ。余の政務に、意義を唱える臣下もいるであろう。  どうか、余が迷い杞憂したじろぐ時には、皆の力を貸して欲しい。  政は君主一人では出来ぬ。いや、政を君主一人で行う者は暴君であろう。余は、暴君ではなく聖君として、国を経世していきたいと思っている。  そのためには、皆の尽力が必要不可欠となる。  勿論、臣下や官吏だけではない」  一旦言葉を切り、隣りで聞き入っている梅花に視線を向け微笑む。視線に気づいた梅花が、同じように微笑み頷く。 「王妃と共に」  白桜の素直な言葉と、二人の仲睦まじい様子に、外廷に集まった者の頬が緩む。  未だかつて、ここまで己の未熟さを認めた君主がいただろうか。ここまで、臣下に対して素直に、力を貸して欲しいと述べた君主がいただろうか。    これが白桜なりの、臣下や政への向き合い方だろうと、梅花は思う。昨日一晩、白桜が思案した答えなのだろうと。  臣下や官吏が、新たな国王と王妃の即位に万歳三唱する。声が桜吹雪舞う蒼穹に響いている。
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