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「さあ、入って入って、寒いでしょ」
茜は手招きして、石油ストーブのところまで案内する。おじいさんはかじかんだ手を温めながら、「実は、ちょっと大事なものをなくしてしまって」と申し訳なさそうに言った。
「大事なものって、何?」
「古い、懐中時計なんですわ」
おじいさんはうな垂れて頭を掻く。「歳をとるってのは、イカンことですな。昔、嫁さんからもらった大事な時計なんだけども、どこかで落としてしまったみたいで」
おじいさんの顔色はずいぶん悪い。この寒い中、懐中時計を探して歩き回っていたのだろう。
「いつ、なくしたの?」
「三日前だと思うんだけれど。毎日一時間ばかし散歩をするんだけれど、家に帰って、気づいたらなくなっていてね。散歩中に落としたんだと思って、それからずっと探しているんだけれど、見つからなくてねえ」
「じゃあ、ちょっと本署のほうに届いていないか、聞いてみるから。ちょっと待っててね」
茜は言って、電話の受話器を取り上げる。珠子は机の上に町内の地図を広げて、おじいさんから散歩コースを聞き出す。
大丈夫よ、そういう感じで、背後に立つ女性は、おじいさんの背中に手を添えた。彼女がきっと、お嫁さんだろう。
だが、珠子も茜も気に留めない。そして、当のおじいさんにも解らない。彼女の姿は、宮古にしか見えていないのだ。
彼女は、たぶん、若くして亡くなったのだろう。しかし未練を断ち切れず、この世に霊となって残っているのだ。
宮古には、そうした霊の姿が見えるのだった。
と、不意に珠子が口を開いた。
「おじいさん、そのお嫁さんって、亡くなられたんですか?」
えっ?
宮古が珠子を見やる。茜も不思議そうに、珠子を見た。おじいさんだけが、「ええ、そうなんです」と頷いた。
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