Chapter.2  霊感刑事の憂鬱

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 熱――っ  危ない、と思ったときには、すでに遅かった。パリンッと音を立て、足元で湯呑みが弾ける。水嶋珠子はとっさに飛び退いた。 「おい、どうした?」  宮古武史が、給湯室の入り口から顔を出す。給湯室と大部屋を隔てる扉はなく、物音はすべて筒抜けなのだ。珠子は「ごめんなさい!」と頭を下げた。 「割っちゃいました」 珠子は恐る恐る顔を上げた。 「誰の湯呑みを割ったんだ?――って、俺のじゃねえか!」  宮古の表情が固まった。とっさに給湯室を飛び出した珠子の背中に、「おい、ミズタマ!」宮古の声が背中に突き刺さる。 「珠子です!」  反射的に言い返す。 「割れたのか」班長の相馬雄市が、穏やかな表情でほうきとちりとりを持っていた。 「気にしなくていいよ。割れるっていうのは、刑事にとっては縁起のいいことなんだよ。《ホシが割れる》って言ってね」  へえ、そうなんだ。「だからって、しょっちゅう割るんじゃないぞ?」安心しきった珠子に、相馬が釘を刺す。 「あの、ごめんなさい」 「言葉遣い!」と、給湯室から宮古が怒鳴る。 「すみませんでした」  珠子は俯いて、唇をかみしめて答えた。これカノジョに怒られる、と宮古は破片を見下ろし、頭を掻く。 「それより、珠子くん」相馬はほうきとちりとりを、珠子の手に押し付けた。 「きみに仕事。掃除が終わったら、すぐに熱海に向かってくれ」  仕事? 私に?  聞き返す前に、相馬は大きく伸びをして立ち去ってしまった。  珠子はやっと立ち上がって、ぱんぱんと服についたほこりを払う。  負けるもんか。  私、あの刑事さんみたいに、優しく強い刑事になるって決めたじゃない。  水嶋珠子、二十四歳。警視庁機動捜査隊、特捜零班――別名霊感捜査班に配属になって、一ヶ月。初めての出張任務だった。  それにしても、どうして私が選ばれたの――?
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