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Chapter.2-1
大阪行きの新幹線が到着したというアナウンスが流れ、倉持清人はゆっくりと立ち上がって待合室を出た。紅葉シーズンの賑やかさも一段落した、十一月下旬の熱海駅は、ちょっと閑散とした雰囲気だった。
《お前に選択肢をやろう》つい先ほど、刑事課長から言われた言葉が蘇る。
《一つは、無期限の停職処分。もう一つは、警視庁から出向してくる応援の捜査官と共に、十二年前の殺人事件を捜査すること》
俺は後者を選ばされたのだ。倉持は煙草を取り出したが、コンコースは禁煙だったことを思い出して、また懐にしまう。
命令違反。単独行動。それから、犯罪者への暴力行為。これらが、倉持がたびたび問題視されている三大要因だったが、では、上司の命令を忠実に護っていれば、犯人が逮捕できるのか。そんなわけない、と倉持は無意識に歯軋りをする。今日も、強盗犯を逮捕した際に、署への応援要請がなかっただの、逮捕の際に犯人を殴っただの、警察組織の一員であると言う自覚を持てだのと、刑事課長から散々言い含められた。そこまでならいつもと変わらないが、しかし今日はオマケがついた。それが、あの選択肢だ。
《派遣されてくる刑事は、水嶋珠子巡査。まだ二十四らしいぞ。口説くなよ?》
刑事課長のにやけた顔。ガキなんか、興味ねえ。それより。
《彼女、霊感刑事らしいぞ》
最後にそう、課長は意味深に告げたのだった。子守なんて真っ平ごめんだ。それでも、停職処分よりはマシかと、選ばざるを得ない選択肢だった。俺は、こうなるように仕向けられていたんだ。
それに、
霊感捜査だと。冗談じゃねえ。
新幹線の発車を告げるベルが鳴っていた。さて、その水嶋珠子とかいう刑事は、どっちから降りてくるか。自由席に乗ってくるのか、それともお偉い警視庁からの出張ならば、グリーン車にでも乗ってくるのか。倉持がホームとつながる階段を見上げたとき、背後でエレベーターの開く音がした。
中から真っ赤なキャリーバッグをガラガラと引いた女性が出てきた。小柄な黒髪ショートカット、くるりと丸い大きな瞳。あどけなさの残る彼女は、きょろきょろと辺りを見回し、手に持った地図を眺めていたかと思うと、またきょろきょろと周囲を見回す。現在位置と地図の位置が一致しないらしく、エレベーターの真ん前で手の中の地図そのものをくるりと回したり、自分の頭を左右に傾けたりしている。
あれか。まだまだガキじゃないか。
倉持は両手をジーンズのポケットに突っ込んだまま近づくと、「水嶋珠子ってのはあんたか」と声をかけた。
彼女はぐいっと顎を引いて、丸い目をくるくると回し、緊張した表情で身構えた。
「静岡県警港署の倉持だ。水嶋ってのは、あんただろ?」
倉持の問いかけに、彼女は「あの、どうして、私だと?」と尋ねる。明るく、伸びやかな声だ。
「観光客には見えねえからな」と倉持は言った。
「それに、普通の会社員が、スーツにウォーキングシューズは履かねえだろ。デカの格好だ」
格好だけは、デカだな。倉持は小さく笑ってきびすを返す。「行くぞ」
「どこへ――」
「あんたが行きたいところへ行くさ。時間を無駄にしたくない」
こっちは、もう充分、無駄な時間を過ごしているんだからな。
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