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「でも、聴こえるんです!」珠子は唇をへの字に結ぶ。
「どうせ信じてもらえないと思うけど。でも、倉持さんには聞こえてなくても、私には彼女の声が聴こえるんです」
「じゃあ、彼女は何て応えた?」
「それは――私の声は、彼女に届かないので。私は、被害者と話ができるわけじゃないんです。ただ、声が聞こえるだけです」
「話にならねえな。会話ができるわけじゃないのか」
「でも、私には聞こえるんです!」
珠子はムキになって言い返す。「彼女の霊魂はこの世に残って、必死に訴えかけてるんです」
「それが本当のことならな」倉持が煙をふーっと吐き出して言った。
「仮に声が聞こえるとして、彼女の言っていることの真偽は解らねえだろ。彼女は嘘を言っているのかも」
「《あの子が心配なの》って、彼女はそう言ってます。そんな嘘をつく必要がどこにあるんです?」
「さあな。でも、どうして彼女が、その女の子を心配しているのか解らねえんだろ? 事件には何の関係もないかもしれない。生前、その子との間に何か確執があって、それで行く末を心配しているだけじゃないのか」
倉持は二本目の煙草に火をつける。「たとえば、こんなのはどうだ? 周りに内緒で産んだ不倫相手の子供を、死ぬ間際に施設に匿名で預けていて、その子の将来が気になって成仏できないとか」
「じゃあ、その子に会いに行けばいいはずです。でも彼女は明らかに、この場所の呪縛霊になってる。この場所に未練があるか、この場所に留まらなきゃいけない、あるいは留まるしかない理由があるんです!」
珠子は言ったが、それに対して倉持はへッと嘲笑を漏らして応えた。
「馬鹿らしい。俺は目に見えるものしか信じない。何が聞こえたって、匂いがしたって、そこに何があるのか最後に確認するのは視覚だ」
「目を開いていても、見えないものはたくさんあります」
「少なくとも、実在しないものと話すよりはマシだ」
倉持は煙を吐き出して、煙草を地面に落とし、それを踏み消す。
「でも、聴こえたことを無視するわけにはいかないでしょ!」
「それを証明できるのか? そいつは裁判で、証言台に立てるのか? 調書はどうする? 幽霊に署名捺印はできないだろ。それに、死んだ奴が本当のことしか言わないっていう保証はない。死んだ奴だって人間の意志があるんなら、嘘だってつく。嘘か本当か、どうやって証明する?」
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