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Chapter.1-1
十一月一日。東京は、秋の訪れを実感させる、冷たい一日だった。
よしっ。
水嶋珠子は目を閉じて、ゆっくり五つ数えて、心の中で気合を入れる。大学卒業まで続けていた柔道の試合前、必ずやっていたこのおまじないは、子どものころ、おじいちゃんに教わった。
目を開ける。目の前にそびえ立つのは、首都東京の心臓部・霞ヶ関にある、警視庁庁舎。
気合を入れなおした珠子だったが、しかしやっぱりまた不安になって、抱えていた段ボール箱を地面に置き、ハンドバッグから辞令書を取り出した。
水嶋珠子 巡査
警視庁本部 刑事部 機動捜査隊
特捜零班 配属を命ず
開いてはたたみ、たたんでは開きと繰り返してきた辞令書は、もうヨレヨレのボロボロだ。しかし、書いてある内容に間違いない。
二十四歳。夢だった警察官になって、まだ二年目の秋だった。
定期異動の時期からも外れた急な辞令に、最も驚いたのは珠子自身だった。
機動捜査隊とは、警視庁が管轄する東京都全域を覆面パトカーで巡回し、事件が発生すればいち早く現場に駆けつける、初動捜査のプロフェッショナルだ。通常なら経験豊かな中堅・ベテラン刑事が配属される部署だけに、二年目、しかも今まで交番のお巡りさんだった珠子が抜擢されるというのは、異例の大抜擢だった。
警視庁庁舎一階奥に、機動捜査隊の隊本部がある。総勢一五〇名の隊員、今日から、その一員となる。期待と不安の入り混じった心情を露わに、私物の詰まったダンボールを抱えたまま、ガラス張りの自動ドアの前に立つ。ドアがゆっくりと開く。
珠子は「失礼します!」と勢いよく中に入った。
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