Chapter.2-2

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 倉持はハンドルを巧みに操って、大きな車体をハイスピードで走らせる。 「犯人は黒いニット帽に、濃紺のジャンパー」  倉持は、引きつった顔の珠子を嘲笑し、「霊感は役に立たねえな、誰も死んじゃいねえんだから」 「その方がいいです。死んでからも、霊になってさまようより――」  イタッ「舌、噛んだ! 痛い――」 「くだらねえおしゃべりをしてるからだ」  倉持はさらにぐっとアクセルを踏み込み、急ハンドルを切りながらブレーキを踏む。  歩道に乗り上げた車体が、自転車の行く手を阻んだ。 「ちょっと、何するんですか! 危ないじゃないですか!」  もう、むちゃくちゃ!  そんな珠子のムシャクシャなんかお構いなく、倉持はさっさと運転席から降り、自転車に跨っている若い男に近づく。さらりとした黒い髪に、カジュアルな今風の若者は、まだ少年と言ってもいい、幼さの残る顔立ちだった。 「寒くないか?」  唐突に言われて、男は「何なんですか?」とうろたえた。 「寒くないかって聞いてんだよ。せっかく、濃紺のジャンパーがあるのに、丸めて前かごに押し込んでるからよ」 「別にいいじゃないですか。自転車漕いでたら、暖かくなってきたんです」 「へっ。だからニット帽も取ったのか?」  男が無言で後ずさる。珠子は倉持の腕を掴んだ。 「何してるんですか? 怯えてるじゃないですか!」 「うるせえ、ガキは大人しく引っ込んでろって言ったろ?」  倉持は珠子の手を振り払うと、「ちょっと、チャリの前カゴのかばん見せろ」と警察手帳を見せる。  その途端、男は自転車を捨てて走り出した。  倉持はひょいっとその自転車を飛び越えて、あっという間に男の背中に迫る。伸ばした腕がまるでバネのようにしなり、男の背中を捕まえて引きつける。バランスを崩した男はとっさに振り向いて拳を振り回したが、倉持はそれを軽く受け止めて、強烈なボディーブローを打ち込んだ。空気が抜けていく浮き輪のように、男の身体がしなしなと崩れ落ちる。  倉持は後ろ手に手錠をかけて、自転車の前かごから転げ落ちたカバンを拾い上げた。 「見てみろ、な?」  珠子がカバンの中をのぞくと、そこにあったのは間違いなく黒いニット帽、濃紺のジャンパー。そしてそれらに隠れるようにあった、しわくちゃの紙幣だった。 「でも」と、珠子は顔を上げた。「やり方が強引すぎます」 「俺はな、目がいいんだ。俺には、悪党が見えるんだ。霊が見えるよりよっぽどいいぜ?」  倉持はふんっと鼻を鳴らした。 「目に見えたものは、なんでも信じるんですね?」 「目に見えないものを信じろって言うほうが、無理があるだろ?」  応援のパトカーが到着する。倉持は振り返って、「やっと到着か」と呟いた。 降り立ってきた小柄な刑事は、苦い表情で「倉持!」と声を張り上げた。 「ずいぶんと重役出勤だな、鈴村!」  倉持が負けじと声を張り上げる。鈴村と呼ばれた刑事はいら立ちをぶつけるようにパトカーのドアを閉めた。 「お前、ここで何をしてるんだ? 警視庁の子守はどうした」 「無線を聞いた。近かったからな。ホシはそこに転がってるガキだ」 「勝手なことしやがって」 「お前らの到着が遅かったからだろ」  鈴村はひとつ舌打ちをして、立たせたばかりの犯人を制服警官に引き渡し、ゆっくりとこっちに向き直った。「あんたが例の?」と、興味津々といった感じで尋ねる。 「警視庁の水嶋珠子です」 「へえ、噂の霊感刑事か、お前にはぴったりの相棒だな」  鈴村が嫌味っぽく言う。倉持は何か言いたげに顔を歪めたが、それを抑えるように即座に踵を返して立ち去っていった。一触即発、導火線についた火を自ら消していく倉持の行動が意外で、 「あの、どういう意味ですか?」  珠子が尋ねると、鈴村は「聞いてないのか?」とまた嫌味っぽく言った。こういう物言いしかできない男らしい。 「あいつも霊感刑事だったのさ」
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