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「あんたの推理どおりだとよ」
倉持は、パジェロの助手席に座った珠子に向かって言う。
珠子は小さく頷いたが、倉持のほうを振り向こうとはしなかった。パジェロを停めた国道の、反対側にある花屋の店先を、黒髪ショートカットの女性が走り回っている。慌しい様子だが、しかし、表情はキラキラと輝いている。見ているだけで元気になる、そんな笑顔だった。
「彼女が?」と珠子は尋ねた。
「そうだ。十二年前、誘拐された少女だ」
倉持は後部座席のほうを振り返る。「あんたが助けた、おかっぱ頭の少女だ」
珠子も振り返るが、しかしそこには誰もいない。
いや――見えていないだけなのだ。秋山紗江が、そこに座っていて、倉持には見えているのだ。
《あの子が――》と、紗江の声が聞こえた。
「あの子には、事件の記憶がない」
倉持は言った。「ショックだったんだろう、事件のことは何も覚えちゃいない。自分が誘拐されたってことも。もちろん、あんたのことも」
《でも、その方がいい。ものすごく、怖い思いをしたんですから》紗江は穏やかに答えた。
《でも、本当に生きていてくれてよかった。私、ずっと心配だったんです。犯人の足が、私の手から離れて。犯人が、あの子に追いついたらどうしようって。でも、ちゃんと、生きていてくれて》
「ええ、本当に」
珠子は頷く。その声が、紗江に届くことはないと知っていたけれど。
倉持はジーンズのポケットから手帳を取り出し、挟んであった写真を取り出す。
「なあ、これを見てくれ。こいつは、例の誘拐事件の、最有力の容疑者だった男だ。あんたを刺したのは、この男か?」
《そうです》強い声。倉持は「そうか」と言い、写真をまた手帳に戻す。
「そんな目で見るなよ」珠子の視線に気づいたのか、倉持は言った。
「解ってる。霊の証言なんて当てになるか、なんて言って、悪かったよ。俺は、彼女の言葉を信じる。この野郎をシャバで生かしておくわけにはいかねえ。何が何でも、真犯人だっていう証拠を見つけてやるさ。なぁに、公訴時効は撤廃されたし、時間はたっぷりある」
珠子は大きく、力強く頷いた。
「本当に、ホシが割れました」
「何か言ったか?」
「いえ、独り言です」
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