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視界のあちこちでチラチラと揺れるマフラーの多くは女性客のもので、その色彩に少し居心地の悪さを感じながら、できる限り端に寄り、冷え切った鉄扉に身体を沿わせる。車窓の外──流れゆく景色を眺めながら、小さく折りたたんだチラシをボディバッグから取り出して広げた。催しをするカフェの紹介文を、ゆっくりと視線だけで辿る。
(海外で本格的な料理の修行をつんだ、若きオーナー・志賀英治さんの美味しい手作りランチと深い味わいのコーヒーが人気のカフェ・tenerezza。店の名前はイタリア語で【優しさ・癒し】──読み難いと思ったらイタリア語か。にしてもこの人、どっかで見たような……)
紹介文の横に小さく写る一人の男性。写真の中の彼は、朗らかな表情で微笑んでいる。しかし、初対面であるはずの彼だが、最近どこかで会ったような気がするのだ。けれど、イマイチ思い出せない。
(他人の空似か? いやでも……)
「似てるよなぁ……」
うっかり呟きが漏れ出ていたようで、視線を上げると近くに座っていた初老の女性と目が合った。彼女はゆったり微笑むと、可愛らしいものでも見るかのような視線を投げかけてくる。あまりにバツが悪くなって、その視線から逃げるように背を向けた。
年代に関わらず、女性は苦手だ。学校にも女性の教員はいる。必修科目で担当になることもあるから、少しは慣れなければいけないと思っていたのだが。幼少期のトラウマが原因とはいえ、なかなかに根深いなと、心の中で苦笑した。やがて電車は目的地に辿り着く。足早にホームを抜け、改札へと向かった。
「なおとー! こっちこっち!」
「悪ぃ、待った?」
「いーや? 俺たちもさっき来たところだから」
昭彦と亮平と顔を突き合わせて「おはよう」と挨拶を交わす。連れ立って駅をあとにすると、早々に今回の目的地である【カフェ・テネレッツァ】に向かうことにした。
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