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あっちむいてホイ①
「さあ!勝負だよ!ゆうきくん!」
「また?」
美味しくてリーズナブルなイタリア料理を提供するファミレスのテーブル席の対面に座り、注文した料理を食べようとしたお昼時、俺達以外にもたくさんのお客さんで席は満杯で埋まっている。そして店の風除室の簡易な席には、食事を終えて出てくるのを待っているお客さん候補が軽く十人は待っている様な状態だ。
にも拘らず彼女は、いつもの様に〝勝負〟を挑んで来たのだから堪らない。
「勝負♪勝負♪」
と、自分の席でウッキウッキ♪なのだ。
ナイフとフォークを小さな手で握って、座席で腰を上げて小さくピョンピョン跳ねて、とっても嬉しそうに眼をまん丸にしてこっちを見詰めてくる。
「他の人に迷惑だよ?」
「だ・い・じょ・お・ぶ・だ・よ♪かっ・て・も・さ・わ・が・な・い♪」
「ほんとに?」
「ホ・ン・ト♪」
俺の心配を気にしたのか、彼女は区切った小声で応じる。しかも腹立たしいことに自分が絶対に勝負に勝つと信じているようだ。
「で、今度は何を賭けるつもりなの?」
「あ~~~~ん♪」
あなたはこの大勢の人たちの中で、禁断の〝あ~~~~~ん♪〟をしろと仰せDeathか?
俺は死を予感した。
俺と云う人間の尊厳の死というものを…。
いくらなんでも人前でやるもんじゃない。めっちゃ恥ずかしいじゃないか!殺す気か!
お互いの家に行き来した際にいつもでやってるだろ?それで満足してくれないかな?
「ね♪ね♪しようよ~~♪そうしよーよ♪」
この前の中間テストで【威厳】と【インゲン】を間違えた、頭の中身が僅かな綿菓子のみたいにポヤポヤしている彼女がしきりに甘えてくる。
どうやったら〝勇者の威厳〟が〝勇者のインゲン〟になるんだ。
なに〝インゲン豆〟を手にして魔王軍に立ち向かおうとしてるんだ勇者様。まだ〝ひのきの棒〟の方が役に立つぞ。
次の期末テストがちゃんとした点数だと良いな摩理沙。
「くっ!もう仕方ないな。勝負したら気が済むんだよな?な?」
「うんうん♪済むよ♪超済むよ♪だからしようね♪勝負♪」
やれやれ…。出来ることなら大勢の客の面前でわがままなコイツに『我が名は摩理沙!深淵の闇より生まれし漆黒の勇者!!さあ!貧相な食事に勤しむ愚昧なる大衆の豚どもよ!我が前にひれ伏すがいい!!』とか叫ばせて、そのままそっと放置して帰りたい。
ん?このセリフならどっちかってぇーと、摩理沙の方が魔王だな。しかも見掛け倒しの弱すぎる奴。…まあいいか、似たようなもんだしそっと心に閉じ込めておこう。
「気が済むんならまあいいや。じゃあ、いつもの〝あっちむいてホイ〟でいっちょやるか」
「え~またぁ~?もうあたし飽きたよ!お外でやるといっつもいっつもそればっかだもん!またあたし勝っちゃうよ?たまにはプロレスとかボクシングとかで決着つけようよ!」
「ここで取っ組み合いはヤダな。それに、それだと俺が勝っちゃうけどいいのか?それに今度も摩理沙が勝つとは限らない」
「やだ!絶対あたしが勝つ!」
小さいころから各種格闘技を見るのが好きな彼女は、なにかといえば勝負!勝負!という癖は、たぶんこの趣味からやって来てるのだろう。
「じゃあ仕方がないね、はいジャンケン」
「あっ!ポン!」
「へへ♪あっちむいてぇ~~ほい♪」
彼女はチョキを出し俺はグーを出した。そして彼女が右手の人差し指で指示した左に、俺の鼻先は向いていた。
「ヤッフ~~~~~~~~~~~~~~!!あたしがまた勝った♪♪」
「あ~~~。しくったな」
さっき話した約束の事なんかすっかり忘れて、席から立ち上がって、たったひとりでお祭りをはじめた。
なあ、ここで食事をとっている誰でもいい。祭囃子の太鼓か笛でも打ち鳴らして摩理沙を祝ってやってくれ。
彼女は『また勝った』と云った。
あっちむいてホイをすると、毎回彼女は勝ってしまう。
実は、これには秘密がある。
彼女は当然このカラクリを知らないだろう。
そう、摩理沙にはもうひとつ面白い癖があるんだ。
俺は彼女を小さいころから知ってたから気付いていたんだが、アイツ、あっちむいてホイをするとき何故だか理由はわからないが、ジャンケンのグー・チョキ・パーを繰り出す前にジャンケンの形が手に出来てしまっているのだ。
そして面白いことに、〝あっちむいて〟の時に自分が差そうとしている方向に目が向いてしまっていることも。
こんなにも負ける要素満載で当人は勝てる気満々なんだから面白い。
わざわざ負けるこっちの身にもなって欲しいってもんだ。
そうして俺はせがむ彼女に向けて口をカバみたいに開けた。
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