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夏、開幕
「本当に、すみませんでした。」
高城家の玄関で深々と頭を下げるのは涙だ。そんな彼を見下ろす慶一は、秋久の頬を見て酷く動揺してしていた。
「僕が至らないせいで、高城君に怪我を負わせてしまいました。」
「……涙は僕を助けてくれたんだよ。」
「でも、危険な目に遭わせたのは事実です。」
もう一度謝る姿は、会計の時の彼だった。秋久が何度代弁しようと一歩も譲る気はないだろう。おそらくそれは彼の責任感が許さない。
秋久が困り果てていると、意外にも冷静さを取り戻したのは慶一だ。
「わかったよ、もう顔を上げて?」
ゆっくりと顔を上げた涙の顔を見ると、慶一は納得したように頷いた。
「もしかして君、前も秋久のこと家に送りに来てくれた?」
前とは資料室の件だろう。あの時慶一は玄関越しに、家の前に立つ涙を見ていたのだ。
あの日は紹介も何もなく、涙に急かされるように秋久が家に入ったために気にすることが出来なかったのだろう。
「あの日は夜も遅かったし大変だったでしょ?今日も遅いし、よかったら泊まっていく?」
「えっ……。でもそれは…。」
「君の都合もあるだろうし、無理にとは言わないよ。」
これは涙にも予想外だったようだ。しかし歯切れの悪い返事は失礼だと思ったのか、すぐに笑顔を取り戻す。
高城家に来てから最初の笑顔は、それはもう清々しいほど綺麗だった。
「はい、ぜひ。」
「よかった。お腹空いたでしょう?さあ上がって。」
慶一は秋久に対しては物凄く過保護だ。口では言わないが、人間関係は特に気にしている。そんな彼が家に泊まることを許すということは、涙のことを秋久の友人だと認めた証拠だった。
これでかなり周りとの差がついたことに、涙は気付いているだろうか。
少しぎこちなく玄関に靴を並べる涙を、秋久は微笑みながら見守る。どうやら他人の家で脱いだ靴はどの辺に置くのべきかと悩んでいたようだ。
クスクスと笑うと少し睨まれたが、秋久にはそれさえも嬉しかった。なにせ、この家に泊まりに来た友人など、後にも先にも望1人しかいないのだ。兄が涙を友人だと認めた嬉しさと、泊まることを決めた涙に対して少しは心を開いてくれたのだと実感する。
二人でのそのそと玄関を上がると不意に台所から慶一が顔を出してきた。
「そうだ、君は大丈夫だった?怪我はない?」
「え………はい。」
少し驚いた顔をする涙はゆっくりと頷いた。それに対して、よかったと慶一が微笑むとなんだかぎこちなさそうにもう一度頷いた。
台所からはそれはもう空腹を刺激する香りが漂うが、まだ出来るまでは時間がかかりそうだ。ここで突っ立てるのもなんだからと涙を二階の部屋に招き入れることにした。
が、秋久はそこで大変なことに気がついた。
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