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正式に正社員として雇用されることになったけど、仕事の内容はアルバイトとあまり変わらない。でもムカつくことに店長は本当に自分の仕事をちょくちょく振ってくる。でもがむしゃらにやるしかなかった。忙しい方が気が紛れていたし。
ユウジからはカホの写真やらちゃんと仕事してんのかやらメッセージが時々送られてくる。でもユウジへの気持ちがぶり返しそうになって、いつもスルーしていた。そのうち、通知を確認するだけになっていって、ユウジの存在がようやく薄らいできた。
電話も時々かかってきたけど、タイミングが合わなくて出られなくて、でも重要な要件なら掛け直すだろって放置していた。
独りの家は静かすぎて落ち着かない。ユウジにはキッパリ拒絶されたのに、まだずっとモヤモヤしている。最近はもっぱら朝までピアノを弾くか、酒を飲んで寝ちまうか、アプリで相手を探してセックスするかだ。
独りで音のない場所にいると、ユウジの事を考えてしまう。センチメンタルになるのは酒のせいで、時々胸が詰まって息苦しいのは身体を酷使しているからだ。ユウジに振られたからじゃない。絶対。
今日も仕事が終わった後、最寄り駅とは反対方向に行く電車に乗ってターミナル駅に向かう。改札を抜けて出口まで来たけど、ロータリーにもコインパーキングにもまだ黒いフィールダーは見えない。
すると、電話が鳴った。Queenの「I was born to love」が。画面を見なくても、全身に痺れが走る。
ユウジからだ。
通話ボタンを押して、軽く息吸ってから出る。
「何?」
『お前今どこだよ』
もの凄いドスの効いた声が這い出てきた。
「ん?あー・・・出先にいる」
『相変わらずだなお前・・・。まあいいや、帰る』
「え、ちょっと待って。ユウジ今どこだよ」
『お前ん家の前。こっちの方に用があってさ。あ、土産ドアのとこに掛けて』
「すぐ行く。待ってて」
俺は通話を切った。急げば30分もありゃ着く。踵を返して乗り場まで階段を駆け下りていく。
俺は、初めてセックスする約束をすっぽかした。
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