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恐ろしいと評判の魔女は、ぴんと背すじを伸ばして腰掛けていました。少女の知るおばあさんとは大違いです。絵本のお姫さまのように、気取った手つきで紅茶の入ったカップを持ち上げます。
「一体、何をしにやってきたんだい」
「あたしは、知りたいの。母さんがあたしのことを本当に愛しているのかを。魔女の魔法を使えば、本当のことがわかるんでしょう?」
「まったく馬鹿な娘だこと。愛情なんて、いちいち秤ではかるもんじゃなかろうに」
魔女は紅茶に口をつけました。少しばかりお茶が濃かったのでしょうか。魔女は顔をしかめて、カップをお皿の上に戻しました。
少女の髪は、丁寧にひとつに結われています。
少女の体は、こどもらしく丸みを帯びています。
少女の服は、つぎはあるものの清潔にされています。
少女からは、母親のあたたかさを感じます。それでも少女には足りないのです。お腹の空いた雛鳥は、もっともっとと鳴くことしかできません。
「魔女の贈り物なんて、そんなものありゃしないさ」
「でもお姫さまは、魔女に魔法をかけてもらったのでしょう?」
ここで追い返されてはたまらないと、少女は粘ります。歌声を捧げたお姫さまと竜と戦った強い騎士さまのお話は、みんなが知っている有名な物語なのです。
「魔法を贈ってもらえるのは、物語のお姫さまだけさ。魔法が使いたいならちゃんとお代を払わなくっちゃならない。お姫さまでも、王様でもね。そうして、お代と魔法は釣り合わないっていうのが世の道理ってもんさ」
魔女は仕方がなさそうに話します。どうやら魔女は魔法をあまり使いたくないようなのです。村人にふっかけてくる町からの行商人に比べたら、なんと魔女は親切なのでしょう。ますます少女は、魔法をかけてほしくてたまらなくなりました。
「だいたい魔女なんかに物を頼むくらいなら、お前の口でそのまま母親に聞くほうがよっぽどいい。わたしを愛しているのかと。わたしは大事な娘かと。わかったならさっさとお帰り」
魔女は、どこか遠くを見つめながら言いました。魔女の魔法は万能ではないのでしょうか。けれど、自分で聞くことができないから、魔法に頼るのです。魔法でしか聞けないことだって、世の中にはあるのです。少女は、蜂蜜色の髪をいじくりながら答えます。
「母さんは、あたしの話なんて、ちっともきいてくれやしないんだもの。あたしがいなくなったって、きっとわかりゃしないんだわ」
それに、聞いてみて笑い飛ばされたら悲しいもの。くだらないことだと言われたら泣いてしまうもの。ぽつりとつぶやいた少女をなぐさめるように、壁からするするとヤモリが降りてきました。
魔女にはよくよくわかっておりました。
愛情という目に見えないものを確認したがる人間は、結局のところ他人に何を言われたところで納得なんてしないのです。かつて魔女を訪ねてきた愚かなお姫さまもそうだったと、魔女はそっとため息をつきました。
そうして魔女は、少女に魔法をかけてやったのです。
窓の外では、きらきらと粉砂糖のような雪が降り始めました。
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