魔女は小鳥を慈しむ

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 あくる朝早く、少女の母親が魔女の家にやって来ました。胸には、粗末な木箱を抱えています。耳をすませば、小鳥の鳴き声が聞こえてきました。 「魔女さま、魔女さま。どうぞお願いです。娘をもとに戻してやってはくれませんか」  母親は、娘が消えたと泣き出しました。靴は部屋の中に置きっぱなし。この季節ですから、靴を履かずに外へ行くことなどできません。昨日からの雪のおかげで、外は一面の銀世界。それなのに、家の周りにはあしあとひとつないのです。その代わりに母親は、少女が使っていた寝台の上で、一羽の金糸雀(カナリア)を見つけたのでした。 「ほら見てやってくださいよ。黄金色(こがねいろ)した小鳥の羽の、なんと見事なこと。本当にあの子の髪の色にそっくり。あの子は歌を歌うのが何より好きだったから、金糸雀(カナリア)に姿を変えたに違いありません。魔女さま、どうぞ後生です。娘をもとに戻してやってください」  そう言って、少女の母親はまたほろほろと泣きました。雪の中を歩き回ったせいでしょう、母親の足元は泥と水ですっかり汚れています。 「その小鳥を娘に戻せなんて言われても、そりゃあ無理な話さね」 「ひどい、ひどい。こんなのあんまりじゃないか。返しておくれ。わたしの可愛いあの子を返しておくれよ」  とうとう魔女は呆れたような声を出しました。気がつけば、黄金色(こがねいろ)をした金糸雀(カナリア)の羽は、いつのまにやら枯れ草のような地味な色に変わってしまっていました。それでも金糸雀(カナリア)は、楽しそうに歌い続けます。 「だったらどうして、言ってやらなかったんだい? お前のことが大切だと。誰よりずっとお前を愛していると。こんなことになってから言うのなら、最初から言ってやれば良かったじゃないか」  嘆く母親を尻目に、魔女はゆっくりと紅茶を飲みました。今日の魔女は、ちんまり椅子に座った猫にどこか似ています。膝を抱えてしゃがみこんだ、幼い子どものよう。 「その金糸雀(カナリア)は置いていくがいいさ。ほらちょうど、鳥かごがそこにあるだろう。時々ここに来て、お前の言葉をせいぜい聞かせてやるんだね」  鳥かごのそばを、小さなヤモリが逃げていきました。壁を登ってあっという間に見えなくなります。  ふわりと白髪混じりの蜂蜜色の髪が揺れました。それは、お日さまのような優しい色です。魔女は、泣きわめく母親をじっと見つめています。その顔は子どもを失った母親を哀れみ涙しているようにも、嘲り笑っているようにも見えるのでした。 「まったく、馬鹿な娘だこと」  魔女はそう言って、紅茶をひとくち飲みました。今日もやっぱり紅茶が濃かったのでしょうか。魔女は顔をしかめて、こほんと小さな咳をしました。  これからも愚かな人々が魔女のもとを訪ねて来るのでしょう。願いごとが叶うかどうか。それは、魔女にもわかりません。 ********  村はずれの森には、恐ろしい魔女が住んでいます。  願いごとがあるのなら、魔女を訪ねてごらんなさい。  願いと引き換えに、大切なものを差し出す覚悟があるのなら。
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