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「この畜生め!!」
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
「キャンキャン喚きやがって! うるせーんだよ!!」
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
「この!! うるせーってのがわからないのか!!」
僕のご主人様は何か固い物で、僕を殴りつける。毎日のように。
僕はなんでこうされるのかわからない。
何がいけないの?
僕の何がいけないの?
僕は悲しくて鳴く。悲痛の声。それでもご主人様はやめてくれない。
僕は疲れていった。
僕はご主人が嫌いになっていった。あんなに大好きだったご主人様。でも、夜になると暴力を振るうようになったご主人様は、僕にとっては恐怖でしかなかった。僕は人間が怖くなった。
ボクハニンゲンガキライニナッタ。
そして。
その日、僕はご主人様に牙を剥いた。噛みついた。激しく。激しく。
僕は今までの怒り。今までの憎しみ。今までの……苦しさ。その全てを。
僕は牙を剥き続けた。普段ご主人様がやっているように。僕がそうなるように。ご主人様が動かなくなるまで、牙を剥き続けた。
ニンゲンナンテダイキライ。
僕は僕の家から引き離された。大嫌いな人間に連れていかれて。小さな小屋に入れられて。そこには僕の仲間が居た。沢山居た。沢山の仲間は僕に話しかける。
『おや、新入りかい?』
『あら、ひどい姿ね。虐められたの?』
『可哀想に……』
色々と話しかけてくれる。僕は同じ仲間、同じ言葉を話せる仲間と初めて会った気がする。
いや……遠い昔に、僕に話しかけてくれる仲間が居たなぁ。優しい声。僕を優しく包んでくれる声。少しだけ。少しだけ、幸せだったことを思い出す。
それを引き離したのは、アノニンゲンだ。最初は優しかった。とても。とても。でも次第に。僕が大きくなるにつれて、態度が変わっていった。
ニンゲンガニクイ。
『ここはね。新しいご主人様を迎えるところなの』
『ご主人様……ニンゲン?』
『そうよ。あなたを傷つけた人間とは違う人。本当に私達を愛してくれる人間を探してくれるところなの』
『……ニンゲン、キライ』
『そうね……ひどい目にあったみたいね……少なくともここの人間は優しいから。安心して』
『……ニンゲン、怖い』
『……そう』
僕に話しかけてくれたメスは僕の最後の一言で、想いにふけって僕を眺めている。優しい目。昔に僕を暖かく見守ってくれた目。それに似ているような気がした。
「ちゃんとだべなきゃダメよ!」
『ニンゲンキライ!』
「ひどい目に遭ったのね……そんなに牙を剥いて。唸って……」
『ニンゲンキライ!』
「私は部屋を出るから。その間に食べてね」
『ニンゲンキライ!』
ニンゲンの施しなんて受けたくない。僕はニンゲンが嫌い。酷いことをするニンゲンなんて大嫌い。
そのニンゲンが僕の部屋を出ていくと、僕はふて寝する。
『ご飯……食べて?』
『ニンゲンキライ……』
『あの人はいい人だから……それにね。ご飯を食べないと元気でないからね』
『……』
ふて寝している僕のお腹が鳴る。不覚にもそれは、話しかけてくれているメスに聞こえたようだ。
『ほら、我慢しないの。食べて』
『……』
僕は恥ずかしかった。不覚にもお腹が鳴ってしまったし。空腹には勝てなかった。でも、本当は食べたくない。でも、お腹がすいて仕方ない。
僕は食欲に負けて、しぶしぶとニンゲンの施し、ご飯をしぶしぶ食べる。
……今までニンゲンから貰ったご飯よりも。今まで食べた物よりも。おいしく感じた。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、温かく包んでくれた温もりを思い出しながら。
『あなたも、良い人間に巡り合うといいわね』
僕にいつも話しかけてくれたメスは、ニンゲンに引き取られた。
僕の大嫌いなニンゲンに……。僕はたまらずにメスに聞く。
『怖くないんですか?』
『そうね、新しい家族だから、不安もあるし怖いわよ』
『いいんですか?』
『うん、そうね。私は人間が大好きだから。幸せになれればいいなって』
『……』
『あなたにも、いずれ来るはずよ。応援してるからね』
『分かりました。お元気で』
「この子……ひどい傷が……」
「そう。前のご主人様にひどく虐待されたみたいなの」
『ニンゲン、こっち来るな!!』
「こんなに敵意を出して……。決めました! 私この子にします!」
「え? この子、まだ人に慣れてなくて」
「いいんです。この子、私が幸せにしたいんです!」
『ウルサイ、ニンゲン!!』
「私が幸せにするからね……」
『ウルサイ、ウルサイ!!』
僕は小さな小屋から小さな籠に移されて、ここに来る時と同じように車と言うものに乗せられた。
僕は嫌がって、ずっと叫んでいた。車と言う中で、響き渡る大声で僕はずっと叫んだ。
ニンゲンキライ。
そう叫んでいた。
「ここが新しいお家よ」
『サワルナ! ニンゲン!』
「痛っ!!」
僕はそのニンゲンの差し伸べた手を牙を剥きだして噛んだ。
思いっきり。思いっきり噛むつもりだった。
でも、それは出来なかった。
何でかわからなかった。手加減してしまった。
「そう……怖いのね。ゆっくりでいいから、癒していってね?」
ニンゲンの言葉は分からない。
でも……そのニンゲンの奏でる声から、僕は優しさを感じた。遠い昔のあの温もりと似たような……そんな気がした。
そして。
そして……。
僕はそのニンゲンから愛を沢山もらった。僕はその愛を沢山拒んだ。それでもその人間は愛を渡すのを辞めなかった。僕はその愛を拒み切れなくなる。そして、人間の愛は僕に届くようになった。僕も少しずつ受け入れるようになった。そして……ご主人様の愛に僕は満たされていった。
僕は素直じゃない。
やっぱり、昔のニンゲンが大嫌い。
でも、このご主人様は。ご主人様は……違う。
とても。とてもとても。あの遠い記憶の温もりに似ているから。
「ねぇ、ご飯食べてくれる?」
『……うん』
「いい子ね。よしよし!」
ご主人様は僕の頭に手を乗せて撫でる。この感触、昔経験した記憶そっくりだった。温かく守ってくれる手。その手には僕の歯形が付いている。最初にかみついたその傷跡。僕は今思うと申し訳ないと感じる。
僕はこの温もりと傷跡を忘れない。この温もりに僕は救われたのだから。
本当は。
本当は。
『大好き』
言葉は通じないけど、ご主人様に届くと嬉しいな。
僕は態度とは裏腹に、思いっきり千切れんばかりに尻尾を振った。
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